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初芝

初芝

明治31年(1898)3月に「西村駅」として開業しました。 昭和9年(1934)、南海鉄道が住宅経営を企画し、その経営地として西村駅前の土地4万2千坪が決まりました。 新住宅地を大々的に売り出すためには、PRとイメージチェンジが必要であることから、新しい駅名を社内募集し「初芝」が選ばれました。 翌年、上下ホームを結ぶ地下道も新設され、住宅地の売り出しと同時に初芝駅として再スタートしました。

井原里

井原里

鶴原駅と泉佐野駅の間には、鶴原地区のほか下瓦屋、湊、中庄、上瓦屋などに古くからの住区があり、ワイヤーロープなど鋼線関係の工場が点在していたこともあり、昭和27年(1952)4月、両駅の中間に開業しました。 山手の上瓦屋地区が昔、井原庄と呼ばれていたところから駅名に採用されました。 中庄にある奈加美神社は平安時代初期の創建と伝えられています。旧社名は大宮神社でしたが、中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取って三町合同の願いをこめて現在の名前になったといいます。本殿は華麗な彩色の三間社流造で大阪府の指定文化財となっています。

三日市町

三日市町

長野(現・河内長野)駅から当駅まで開通した大正3年(1914)10月に開業しました。翌年に橋本駅まで開通するまでこの地は高野詣りの宿場町でした。 駅名にもなっている「三日市」の地名は、かつて毎月3日に市が開かれたのがその名の由来といわれています。 橋上駅舎は昭和48年(1973)8月、高野線複線化工事の一環として完成。翌年3月に河内長野~三日市町間が複線化されました。 北東約3キロの延命寺は紅葉の名所として知られ、徒歩約40分で行けることからハイキングコースとしても親しまれています。

岸和田

岸和田

南海鉄道当時の明治30年(1897)10月に開業しました。駅の高架化(南海本線岸和田市内連続立体交差工事)は昭和62年(1987)10月に着工。 駅の上に駐車場をつくるという、全国でも例のない駅部一体整備型連続立体交差事業として進められ、平成4年(1992)5月に上り線、2年後の7月に下り線が完成しました。 約300年の歴史と伝統を誇る「岸和田だんじり祭」は、岸和田藩主・岡部長泰が五穀豊穣を祈願して行った稲荷祭がその始まりと伝えられています。 滝と紅葉の名所・牛滝山へは駅前からバスに乗車。11月に「もみじまつり」が行われます。

帝塚山

帝塚山

昭和9年(1934)12月に開業しました。 この地域には古くから豪族が住んでいたといわれ、明治から大正時代にかけて大阪府屈指の高級住宅地として発展しました。 東へ進み、阪堺電車・上町線を越えたあたりにある「万代池公園」は市民の憩いと散策の場となっており、万代池は墳墓の周濠であったといわれています。 駅の西側にある「帝塚山古墳」は、5,6世紀頃にこの地を支配していた大伴金村の墳墓と伝えられ、茶臼山(天王寺区)、御勝山(生野区)とともに大阪市の三大前方後円墳と呼ばれています。

泉ケ丘

泉ケ丘

昭和46年(1971)4月1日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの中心として、商業施設や学校等が集まっています。 泉北線内で最も乗降客数が多く、拠点駅としての役割を担っており、髙島屋泉北店が入居するパンジョや、大型児童館のビッグバンが駅周辺にあります。

紀伊神谷

紀伊神谷

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下駅から当駅まで開通しました。当時の駅名は地名の「神谷」。 駅の東側の丘を越えたあたりは“高野山に最も近い宿場”として栄え、歓楽峡の様相を呈していたと伝えられています。 神谷は日本最後の仇討があった地としても知られ、明治4年(1871)2月に播州赤穂藩士の村上兄弟4人らが父・真輔の仇である同藩の西川一派7人を神谷の辻で待ち受けて本懐を遂げたといわれています。太政官布告による仇討禁止令が出される2年前の出来事でした。

羽衣

羽衣

明治45年(1912)3月に開業しました。 千両松、白蛇の松とともに“浜寺三名松”と呼ばれた「羽衣の松」が駅名の由来といわれます。開業後、地名も今在家村から羽衣に改称されました。 明治6年(1873)に開設された「浜寺公園」の南部へは当駅が最寄りです。 平成28年(2016年)5月に下り線(関西空港・和歌山市方面)が、令和3年(2021年)5月に上り線(難波方面)が高架化、令和6年(2024年)4月に高師浜線が高架化されました。

沢ノ町

沢ノ町

昭和17年(1942)2月に開業しました。 駅名は当時の町名「沢之町」から付けられましたが、同年に町の一部が殿辻町(現・住吉区殿辻)に町名変更されました。 駅と住吉大社のほぼ中間に位置する住吉行宮跡は、正平7年(文和元年・1352)に住吉大社宮司・津守氏邸内の正印殿に移った後村上天皇が、ここを行宮(行幸時の仮宮居)とし、次の長慶天皇が即位した地としても知られています。 「万葉集」でその情景が歌われた細江川は、上流約600メートルの区間が「細江川のせせらぎ」として整備されており、初夏には住吉区の花・かきつばたも見ることができます。

極楽橋

極楽橋

大正14年(1925)に始まった高野下駅~極楽橋駅間約10.3キロの線路延長工事は、山岳地帯のため難工事となり、昭和4年(1929)2月にようやく当駅が開業しました(ケーブルカーの開通は翌年6月)。 電車のホームとケーブルカー乗り場を結ぶ構内通路は、直下を流れる「不動谷川」に架かる橋の役割も果たしています。 駅から川沿いを下っていくと駅名の由来となった「極楽橋」があります。 昭和29年(1954)に架け替えられたこの橋を渡って「不動坂」を登り、高野山上の「女人堂」に出ることで、昔の高野詣りの風情を楽しむ方も多くいらっしゃいます。

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