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南海沿線のまち

八幡前

八幡前

加太軽便鉄道が和歌山口駅(紀ノ川西岸)~加太駅間を開通した明治45年(1912)6月に開業しました。 駅から北へ約1.5キロ進むと、駅名の由来となった「木本八幡宮」があります。応神天皇を祭神とする古社として地元の人々の尊崇が厚く、元和4年(1618)に再建された檜皮葺三間社流造の本殿が、和歌山県の重要文化財に指定されています。 毎年10月の例祭で奉納される「木ノ本の獅子舞」は、500年以上の伝統を持つ和歌山県の無形文化財。地上約5メートルの場所に渡した2本の青竹の上で勇壮な獅子舞が演じられます。

我孫子前

我孫子前

駅から東へ約1キロに位置する「我孫子観音」への参拝の便を図るため、明治40年(1907)1月に開業しました。 後に阪和電気鉄道(現JR阪和線)我孫子町駅や地下鉄御堂筋線あびこ駅が開業しましたが、当時は当駅が最寄り駅であったため「我孫子前」と名付けられました。 我孫子観音は正式には「吾彦山大聖観音寺」と称し、日本最古の観音信仰道場・厄除けの寺として有名です。約1400年前、聖徳太子がこの地に赴いた時に観音菩薩のお告げを受けて当寺を創建したと伝えられ、毎年恒例の「節分厄除大法会」は厄除開運・無病息災・諸願成就を祈る人々でにぎわいます。

津守

津守

大正2年(1913)2月開業の津守駅。 駅名にもなっている地名「津守」は、元禄期に2人の町人が木津川の寄州を幕府から買い取って開発した耕地「津守新田」が由来とされ、駅から約800メートル南にある津守小学校の校庭には、新田内の行政事務や年貢の取り締まりなどを行なっていた「津守新田会所跡」の石碑があります。 同校西側にある「津守神社」は津守新田が開発された頃に創設され、当初は五所神社や五社大明神、後には稲荷神社と呼ばれましたが、明治4年(1871)に津守神社と改称しました。 駅から少し歩いた先にある木津川には、今も橋の代わりに渡船が行きかい、市民の足となっています。

三国ヶ丘

三国ヶ丘

昭和15年(1940)12月、南海鉄道と阪和電気鉄道が合併し、阪和電鉄は南海山手線(現・JR阪和線)となりました。その2年後、同線と高野線の連絡駅として当駅が開業しました。 駅の西側に位置する「仁徳陵古墳」は国内最大の前方後円墳。世墳丘の全長が約486メートル、前方部の幅が約305メートルあり、エジプト・クフ王のピラミッドと、中国・秦の始皇帝陵とともに世界三大陵墓と呼ばれています。 令和元年(2019)には「百舌鳥・古市古墳群」の一部として世界遺産にも登録されています。同古墳の南側には「大仙公園」が広がり、園内には平和の塔をはじめ、都市緑化センターや日本庭園、堺市博物館など様々な施設があります。

羽倉崎

羽倉崎

旧陸軍の飛行場を建設するために動員された人々や建設機材を輸送するため、昭和17年(1942)2月に開業しました。 この付近の海岸はかつて「筥(はこ)浦崎(うらざき)」と呼ばれていましたが転訛して羽倉崎になったと伝えられ、駅名はその地名から付けられました。 隣接する羽倉崎車庫は昭和30年(1955)8月に竣工し、現在は170両の収容が可能。 駅の東側に位置する末広公園は、市民総合体育館や健康増進センター、グラウンドなど公共スポーツ施設が充実しています。 駅から南東約2キロの蟻通神社は「紀貫之集」や「枕草子」などにその名の由来が述べられています。

北助松

北助松

沿線東側に建設が進められた公団助松団地の最寄り駅として、昭和32年(1957)12月に開業しました。 駅名に「北」が付けられているのは、開業当時、隣接する松ノ浜駅が「助松」という駅名であったためです。 駅のすぐ北西側にある「助松神社」は、8世紀中頃の称徳天皇の時代に創建されたものといわれており、境内には神鶏が放し飼いにされています。 さらに海岸寄りには、野球場や交通遊園、プールなどの施設を持つ「助松公園」があり、緑豊かな市民の憩いの場となっています。

住ノ江

住ノ江

南海鉄道の難波駅~浜寺公園駅間が電化された明治40年(1907)8月に開業しました。 当時、東成郡墨江村(現・住之江区西住之江)に直営の火力発電所「住の江発電所」が建設され、同駅の開業と同時に送電を開始し、大正7年(1918)まで稼動しました。 「住ノ江車庫」は大正10年(1921)2月に竣工。昭和52年(1977)4月に駅とともに高架化されました。 地元安立のまちには、かつて笠松と呼ばれる、かの歌川広重の絵にも描かれたほどの松があり、見物客でにぎわいました。住吉大社の参詣道として栄えた街道は、商店街に姿を変え、現在もにぎわいを見せています。

堺東

堺東

駅の西側正面に商店街、斜め向かいに市役所や裁判所など官庁街が隣接する堺市の東の玄関口です。 高野鉄道当時の明治31年(1898)1月に開業し、駅舎の1~2階部分を含む南海堺東ビルは昭和39年(1964)10月に竣工しました。 駅前にはバスターミナルが整備され、現在も同市の交通の要としての役割を担っています。

美加の台

美加の台

高野線複線化工事の一環として建設が進められ、昭和59年(1984)9月、大規模住宅地「南海美加の台」の玄関口として開業しました。 1階がプラットホーム、2階が駅務室およびコンコースとなり、屋上に駅の出入り口を設け、乗降客は屋上から出入りするというユニークな設計となっています。 駅東側一帯の丘陵地に当社が開発を進めた「南海美加の台」は同年9月に分譲開始。歴史・自然風土を考慮し、豊富な緑と十分な都市施設を備えた居住性の高い街づくりによって河内長野市内で高い評価を得ています。

林間田園都市

林間田園都市

当社が開発を進めてきた民間最大級の住宅地開発「南海橋本林間田園都市」の玄関口として、昭和56年(1981)11月に開業しました。 掘割の路線をまたぐ橋上駅舎は、1階にプラットホーム、2階に出改札口や駅務室などの駅機能を集約。 2階コンコースから吹き抜け部分の階段を上った3階ホールには、チョコレート色をした半円筒形の巨大なボールト屋根(直径18.8メートル、長さ37.2メートル)があり、ニュータウンのシンボルとなっています。平成15年(2003)の第4回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

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