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南海沿線のまち

高野下

高野下

高野詣の宿場町として栄えた椎出(しいで)に大正14年(1925)7月に開業しました。 当時高野山に最も近い駅であったことから「高野山駅」と付けられましたが、後に現在の駅名に改称されました。 駅の西側に位置する「椎出厳島(しいでいつくしま)神社」では、和歌山県の無形民俗文化財に指定されている勇壮でユーモラスな「鬼の舞」を毎年8月に開催し、五穀豊穣、悪疫払い、雨乞いなどを祈願しています。渓谷に沿って数多くのキャンプ場が点在する玉川峡(丹生川に一部区域)は、景勝地として県の名勝にも指定されており、行楽シーズンには家族連れや釣り人などでにぎわいます。

三日市町

三日市町

長野(現・河内長野)駅から当駅まで開通した大正3年(1914)10月に開業しました。翌年に橋本駅まで開通するまでこの地は高野詣りの宿場町でした。 駅名にもなっている「三日市」の地名は、かつて毎月3日に市が開かれたのがその名の由来といわれています。 橋上駅舎は昭和48年(1973)8月、高野線複線化工事の一環として完成。翌年3月に河内長野~三日市町間が複線化されました。 北東約3キロの延命寺は紅葉の名所として知られ、徒歩約40分で行けることからハイキングコースとしても親しまれています。

孝子

孝子

大正4年(1915)4月に開業した大阪府下最南端の駅。大阪府と和歌山県境の孝子峠を「第1孝子トンネル」が貫きます。 駅から約1.5キロほど離れた場所に2つの石碑があり、橘逸勢(たちばなはやなり)とその娘の墓と伝えられています。 平安初期の能書家である逸勢は“天下の三筆”と呼ばれました。 駅の南側、孝子2号踏切を渡ってすぐ左の道は飯盛山(標高385メートル)への登山コース。途中で左手に入って石段を登ると“孝子観音”と呼ばれる「高仙寺」があります。

住吉東

住吉東

住吉大社の裏門にあたる高野線の最寄り駅として、高野鉄道当時の明治33年(1900)9月に開業しました。 駅構内は複々線となっており、高野線の円滑な運行を支えています。駅から難波方面へ進むと、天王寺駅前と浜寺駅前を結ぶ阪堺電気軌道上町線が線路上を交差しており、築堤上に神ノ木停車場があります。 住吉大社へは駅の西側を徒歩で約5分。境内に入ると、第1本宮の裏に樹齢千年以上の楠と「南珺社」があります。毎月はじめの辰の日が例祭日であることから「初辰さん」と呼ばれ、初辰の日には商売繁盛・家内安全・除災招福を祈願する人でにぎわいます。

津守

津守

大正2年(1913)2月開業の津守駅。 駅名にもなっている地名「津守」は、元禄期に2人の町人が木津川の寄州を幕府から買い取って開発した耕地「津守新田」が由来とされ、駅から約800メートル南にある津守小学校の校庭には、新田内の行政事務や年貢の取り締まりなどを行なっていた「津守新田会所跡」の石碑があります。 同校西側にある「津守神社」は津守新田が開発された頃に創設され、当初は五所神社や五社大明神、後には稲荷神社と呼ばれましたが、明治4年(1871)に津守神社と改称しました。 駅から少し歩いた先にある木津川には、今も橋の代わりに渡船が行きかい、市民の足となっています。

和歌山市

和歌山市

紀ノ川橋梁(現在の上り線)が架橋された明治36年(1903)3月に開業し、平成15年(2003)で100周年を迎えました。 初代駅舎は昭和20年(1945)7月の空襲で焼失、昭和30年(1955)に2代目駅舎、昭和48年(1973)には3代目駅舎、そして、4代目駅舎となる現在の「キーノ和歌山」は令和2年(2020)6月にグランドオープン。商業施設・ホテル・オフィス・図書館等から構成される和歌山市の新しい玄関口として、地域の発展に貢献しています。 加太さかな線を走るめでたいでんしゃへの乗り換えにも便利です。

高師浜

高師浜

羽衣~伽羅橋間開通の翌年、大正8年(1919)10月に開業しました。 高級住宅地として開発された周辺の街並みにあわせて、ステンドグラスを配した西洋風デザインの駅舎が建てられました。 西へ徒歩すぐの「大阪府立臨海スポーツセンター(りんスポ)」には、年中滑走可能なアイススケート場など様々なスポーツ施設が完備されています。 北東に位置する「高石神社」の社殿は寛永12年(1635)に再建されました。

木津川

木津川

高野鉄道の道頓堀駅~大小路駅間(現・汐見橋駅~堺東駅間)が開通した明治33年 (1900)9月、水陸運輸の連絡の要地として開業しました。 この辺りは、かつて聖徳太子が四天王寺を造営した際に、諸国から用材を集積したことから「木津」と呼ばれるようになったといいます。 駅名にもなっている河川「木津川」は、土佐堀川から分岐して大阪湾に注いでおり、水深に恵まれ古くから船舶の航行が盛んでした。 木津川には、船の運航を妨げないよう、日本では珍しいアーチ型の水門がかかっています。

紀ノ川

紀ノ川

南海鉄道が紀の川北岸まで延伸された明治31年(1898)10月に「和歌山北口駅」として開業しました。 明治36年(1903)3月、和歌山市駅までの延伸に伴って北口駅は廃止となり、現在位置に移設され「紀ノ川駅」となりました。 昭和19年(1944)10月には東松江駅とつながって加太線との接続駅となります。 駅名の由来でもある1級河川「紀の川」は、大台ケ原を源流として延長120キロ以上に及びます。 秋の味覚シーズンには、みかん狩りハイキングを楽しむ人が多く見られます。

鳥取ノ荘

鳥取ノ荘

大正8年(1919)3月、当時の西鳥取村(現・阪南市鳥取)に開業しました。 海に近く、大阪湾では数少ない海苔の養殖が行われていたりします。 定かではありませんが、このあたり一帯がかつて観心寺領の荘園「鳥取荘」であったことから名付けられたといわれています。 駅から北東へ徒歩すぐの「法福寺」は、別名“お菊寺"と呼ばれ、豊臣秀次と小督局の子と伝えられるお菊の木像が安置されています。

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