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南海沿線のまち

中百舌鳥

中百舌鳥

高野登山鉄道当時の大正元年(1912)10月に開業しました。 昭和12年(1937)4月に創業50周年記念事業として、駅の南側に「中モズ総合運動場」を建設。戦前・戦後のスポーツ界に大きな貢献をしましたが、時代の移り変わりとともに宅地などに姿を変えました。 昭和45年(1970)11月には従来の位置から北側に移設されて橋上駅舎となり、翌年4月の泉北高速鉄道開業(当時は中百舌鳥駅~泉ケ丘駅間)と同時に相互直通運転を開始しました。 駅の南西約1キロに位置する前方後円墳「ニサンザイ古墳(世界遺産)」は国内有数の大きさを誇ります。

忠岡

忠岡

大正14年(1925)7月に開業しました。駅名は地名から。 源平の時代に源氏方の今井五郎兼滋がこの地へ攻めてきた際、忠度の子・忠行が父を紀州方面へ逃し、今井勢をくい止め戦死しました。哀れんだ村人たちが手厚く葬り、丘を築いて「忠行の丘」と呼んだのが地名の由来といわれています。 駅から徒歩約5分の「永福寺」には、境内にビャクシン(ヒノキの仲間)があり、大阪府の天然記念物に指定されています。 東洋美術品を公開している「正木美術館」へは徒歩約15分。収蔵品は国宝3点、重要文化財12点を含め約1,200点を数え、東洋古美術の多彩な分野に及びます。

深井

深井

昭和46年(1971)年4月1日に開業した深井駅は、堺市中区にあり、中区唯一の駅です。 泉北ニュータウンの手前に位置するため、他の駅とは少し異なる雰囲気を持っており、飲食店や冠婚葬祭施設も多く見られます。 高架駅で、高架下にはショッピングゾーン「深井プラザ」があります。

和歌山市

和歌山市

紀ノ川橋梁(現在の上り線)が架橋された明治36年(1903)3月に開業し、平成15年(2003)で100周年を迎えました。 初代駅舎は昭和20年(1945)7月の空襲で焼失、昭和30年(1955)に2代目駅舎、昭和48年(1973)には3代目駅舎、そして、4代目駅舎となる現在の「キーノ和歌山」は令和2年(2020)6月にグランドオープン。商業施設・ホテル・オフィス・図書館等から構成される和歌山市の新しい玄関口として、地域の発展に貢献しています。 加太さかな線を走るめでたいでんしゃへの乗り換えにも便利です。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

萩原天神

萩原天神

高野登山鉄道当時の大正元年(1912)10月に開業しました。 駅名にある萩原天神参詣の利便を図ったもので駅の西側へ100メートル行ったところにある同天神は天穂日命、菅原天神を祀っており、知恵の神様として、七五三や受験シーズンにはお参りの方でにぎわいます。 4月には赤ちゃんの健やかな成長を祈願する「泣き相撲」や10月には、秋祭りがあり遠近から多くの方が訪れます

堺東

堺東

駅の西側正面に商店街、斜め向かいに市役所や裁判所など官庁街が隣接する堺市の東の玄関口です。 高野鉄道当時の明治31年(1898)1月に開業し、駅舎の1~2階部分を含む南海堺東ビルは昭和39年(1964)10月に竣工しました。 駅前にはバスターミナルが整備され、現在も同市の交通の要としての役割を担っています。

新今宮

新今宮(#まいど通天閣)

昭和30年代から、沿線郊外の住宅化が急激に進み、通勤旅客が増加したことで難波駅が飽和状態に。そこで国鉄大阪環状線(当時)との連絡によって難波駅の混雑緩和を図るため、昭和41年(1966)12月に当駅は開業しました。 当駅を降りるとそこは、ディープな魅力満載の新世界のまち。 駅の北東にそびえる「通天閣」は、昭和31年(1956)に再建された2代目。初代は明治45年(1912)に建設され、戦時中の昭和18年(1943)に軍需用の鉄材として解体されています。

北野田

北野田

高野登山鉄道当時の大正3年(1914)8月に開業しました。 現在の橋上駅舎は昭和45年(1970)5月に完成しました。 駅を西へ進むと、昭和初期に高級住宅地として開発された「大美野住宅地」があり、ロータリーを中心に放射状に広がる街区が「堺市景観賞」(まち部門)に選ばれています。駅から約300メートル高野山方面の線路脇に「野田城址」の標柱が建てられており、かつてこの辺りに楠木正成の部将・野田正勝が築いた野田城があったことを示しています。 駅から約1.5キロ東に位置する「菅生神社」の境内には、菅原道真公が生誕したといわれる伝承地があります。

春木

春木

大正3年(1914)10月に開業しました。 駅の東側には、かつて「春木競馬場」がありましたが、地元の要望もあり昭和49年(1974)に廃止となりました。その跡地に造られた「中央公園」は、テニスコート、プール、トラック競技場などのスポーツ施設が充実しています。 大阪府下唯一の競輪場である「岸和田競輪場」は昭和25年(1950)2月、全国で22番目の競輪場として開設。観客収容人員約45000人のマンモススタンドを持ちます。

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