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南海沿線のまち

泉大津

泉大津

堺駅~佐野(現・泉佐野)駅間が開通した明治30年(1897)10月に「大津」として開業。 昭和17年(1942)4月の市制施行に伴って「泉大津」と改称しました。 駅の東側にあるショッピングセンター「いずみおおつCITY」は平成6年(1994)9月、複合都市施設「アルザ泉大津」内に開業。ファッション、雑貨、飲食などの専門店が入店しています。 さらに東へ進むと「織編館」があります。泉大津は国産毛布の90%以上が生産される日本一の毛布のまち。毛布の歴史や技術を紹介するとともに、世界の織物や民俗衣装なども展示しています。

御幸辻

御幸辻

高野登山鉄道が三日市町駅~橋本駅間を開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の「御幸辻」は、かつて「辻」と呼ばれたこの地で天皇の行幸が相次いだという故事を由来としています。 駅の東側約2キロに位置する「橋本カントリークラブ」は、約240ヘクタールの丘陵地に27ホールを設けたスケールの大きいゴルフ場で、ご利用には林間田園都市駅下車が便利です。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

天見

浅香山

大正4年(1915)6月に開業しました。 駅名の由来は「浅香山」の地名。南北朝時代に南朝方の武将・浅香右近将監宗勝がこの地に築城したことから周辺の丘陵地を浅香山と呼ぶようになったと伝えられています。 現在の橋上駅舎は昭和49年(1974)7月に完成。 駅の東側にある「浅香山浄水場」は市の花木・ツツジの名所として知られ、約2300本のヒラドツツジが植えられている場内は「大阪みどりの百選」にも選ばれています。毎年見頃になると一般公開され、多くの人でにぎわいます。

新今宮

新今宮(#まいど通天閣)

昭和30年代から、沿線郊外の住宅化が急激に進み、通勤旅客が増加したことで難波駅が飽和状態に。そこで国鉄大阪環状線(当時)との連絡によって難波駅の混雑緩和を図るため、昭和41年(1966)12月に当駅は開業しました。 当駅を降りるとそこは、ディープな魅力満載の新世界のまち。 駅の北東にそびえる「通天閣」は、昭和31年(1956)に再建された2代目。初代は明治45年(1912)に建設され、戦時中の昭和18年(1943)に軍需用の鉄材として解体されています。

今宮戎

今宮戎

難波~浜寺公園間が電化された約1ヵ月半後の明治40年(1907)10月に開業しました。 また、難波~天下茶屋間高架複々線工事に伴ってホームを高架上に移設しました。 “えべっさん”で親しまれる「今宮戎神社」は駅のすぐ東側。1月9日(宵戎)から11日(残り戎)にかけて「十日戎」が行われ、10日の本戎に行われる「宝恵かご行列」では、複数の宝恵かごが大阪ミナミの繁華街を練り歩き、にぎやかに神社に参詣します。

萩ノ茶屋

萩ノ茶屋

明治40年(1907)12月に開業しました。 駅名の由来といわれる「萩の茶屋」は、かつて紀州街道沿いにあった茶店の1つで、大阪方面から住吉詣りに向かう途中、敷地内に植えられた萩の花が旅人の目を楽しませたと言われています。

木津川

木津川

高野鉄道の道頓堀駅~大小路駅間(現・汐見橋駅~堺東駅間)が開通した明治33年 (1900)9月、水陸運輸の連絡の要地として開業しました。 この辺りは、かつて聖徳太子が四天王寺を造営した際に、諸国から用材を集積したことから「木津」と呼ばれるようになったといいます。 駅名にもなっている河川「木津川」は、土佐堀川から分岐して大阪湾に注いでおり、水深に恵まれ古くから船舶の航行が盛んでした。 木津川には、船の運航を妨げないよう、日本では珍しいアーチ型の水門がかかっています。

孝子

孝子

大正4年(1915)4月に開業した大阪府下最南端の駅。大阪府と和歌山県境の孝子峠を「第1孝子トンネル」が貫きます。 駅から約1.5キロほど離れた場所に2つの石碑があり、橘逸勢(たちばなはやなり)とその娘の墓と伝えられています。 平安初期の能書家である逸勢は“天下の三筆”と呼ばれました。 駅の南側、孝子2号踏切を渡ってすぐ左の道は飯盛山(標高385メートル)への登山コース。途中で左手に入って石段を登ると“孝子観音”と呼ばれる「高仙寺」があります。

栂・美木多

栂・美木多

昭和48年(1973)12月7日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの栂地区にあります。 周辺は閑静な住宅街となっており、駅名は周辺の地名である「栂」と「美木多」から取られており、南海駅名で唯一中黒(・)が入っているのが特徴です。

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