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南海沿線のまち

天見

浅香山

大正4年(1915)6月に開業しました。 駅名の由来は「浅香山」の地名。南北朝時代に南朝方の武将・浅香右近将監宗勝がこの地に築城したことから周辺の丘陵地を浅香山と呼ぶようになったと伝えられています。 現在の橋上駅舎は昭和49年(1974)7月に完成。 駅の東側にある「浅香山浄水場」は市の花木・ツツジの名所として知られ、約2300本のヒラドツツジが植えられている場内は「大阪みどりの百選」にも選ばれています。毎年見頃になると一般公開され、多くの人でにぎわいます。

萩原天神

萩原天神

高野登山鉄道当時の大正元年(1912)10月に開業しました。 駅名にある萩原天神参詣の利便を図ったもので駅の西側へ100メートル行ったところにある同天神は天穂日命、菅原天神を祀っており、知恵の神様として、七五三や受験シーズンにはお参りの方でにぎわいます。 4月には赤ちゃんの健やかな成長を祈願する「泣き相撲」や10月には、秋祭りがあり遠近から多くの方が訪れます

堺東

堺東

駅の西側正面に商店街、斜め向かいに市役所や裁判所など官庁街が隣接する堺市の東の玄関口です。 高野鉄道当時の明治31年(1898)1月に開業し、駅舎の1~2階部分を含む南海堺東ビルは昭和39年(1964)10月に竣工しました。 駅前にはバスターミナルが整備され、現在も同市の交通の要としての役割を担っています。

中松江

中松江

明治45年(1912)6月、加太軽便鉄道の開設と同時に開業した中松江駅。 かつて海岸線が後退してできた細長い洲に松を植えて風や潮を防ぎ、洲と陸地の間が入り江になっていたところから「松江」の地名が付いたといわれています。 駅の北側約1.5kmに位置する「釜山古墳群」は、釜山古墳、茶臼山古墳、国内で唯一金の勾玉が発掘された車駕之古址古墳(しゃかのこしこふん)の3基が東西に並び、和歌山県の史跡に指定されています。 駅から南へすぐの「春日神社」は、かつて南東約100mにあり「南海神社」と称しましたが、津波にあったため現在地に遷座したといわれています。

西ノ庄

西ノ庄

昭和5年(1930)12月、東松江駅と同時に開業しました。 駅名にもなっている地名「西ノ庄」は、かつての木ノ本荘が東ノ荘と西ノ荘に分かれていたことが由来とされます。 17年(1942)に住友金属工業和歌山製鉄所が操業を開始して以降地域が発展し、29年(1954)に町制を施行して西脇町となり、31年(1956)9月に和歌山市に合併しました。 「河西公園」は駅から海側へ徒歩約10分。テニスコートやアーチェリー場、プールなどの運動施設にはじまり、子どもたちが遊べるアスレチックなどの遊戯施設が充実している、市民の憩いスポットです。

浜寺公園

浜寺公園

明治30年(1897)10月に開業した後、明治40年(1907)6月に建て替えられた駅舎は、東京駅などの設計で知られる辰野金吾博士が所属した辰野・片岡建築事務所の設計によるものです。 平成10年(1998)9月に諏訪ノ森駅とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となったほか、平成12年(2000)には第1回「近畿の駅百選」に選ばれ、平成14年(2002)には第9回「堺市景観賞(まち部門)」を受賞しています。 南海本線(堺市)連続立体交差事業により高架化されるため、現在は仮駅舎となっています。

橋本

橋本

高野登山鉄道当時の大正4年(1915)3月に開業しました。 その17年前、明治31年(1898)4月に紀和鉄道(現・JR和歌山線)が橋本~五条間に鉄道を敷設していたことから、現在も当社とJR西日本の共同使用駅となっています。 高野街道と大和街道が交わるまち、今も昔も人やものの交流が盛んな土地です。 万葉集にもこの地の歌が残されています。

岡田浦

岡田浦

吉見ノ里駅の開業1ヵ月後の大正4年(1915)11月に開業しました。 駅名の由来となった旧海岸「岡田浦」は、かつて四国方面への海上交通の要所であったといわれています。 現代は、大理石の人口渚「マーブルビーチ」が、りんくうタウンの海岸線に沿って広がっています。 漁業のまちで、昭和26年(1951)に第1種漁港の指定を受けた「岡田浦漁港」は、アナゴなどの魚介類が年間300t近く水揚げされており、最近では体験地引き網にも力を入れています。 駅から南東約500mの「里外神社」は“岡田の恵比須さん”とも呼ばれています。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

紀見峠

紀見峠

岩湧山への登山口としてハイカーの利用が多い当駅は、大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の由来となった「紀見峠」は駅から約1.5キロ北に位置し、高野街道の重要な通過点として、江戸時代には宿場町として賑わいました。 上り線の紀見トンネル(1,561メートル)は、高野鉄道が明治33年(1900)に堀削開始した工事を高野登山鉄道が引き継ぎ、大正3年(1914)11月にようやく完成しました。 下り線の新紀見トンネル(1,853メートル)は、昭和47年(1972)に着手した河内長野~橋本間の複線化工事に伴って昭和48年(1973)5月に堀削を開始し、昭和51年(1976)4月に使用を開始しました。

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