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南海沿線のまち

高野下

高野下

高野詣の宿場町として栄えた椎出(しいで)に大正14年(1925)7月に開業しました。 当時高野山に最も近い駅であったことから「高野山駅」と付けられましたが、後に現在の駅名に改称されました。 駅の西側に位置する「椎出厳島(しいでいつくしま)神社」では、和歌山県の無形民俗文化財に指定されている勇壮でユーモラスな「鬼の舞」を毎年8月に開催し、五穀豊穣、悪疫払い、雨乞いなどを祈願しています。渓谷に沿って数多くのキャンプ場が点在する玉川峡(丹生川に一部区域)は、景勝地として県の名勝にも指定されており、行楽シーズンには家族連れや釣り人などでにぎわいます。

東松江

東松江

明治45年(1912)6月、加太軽便鉄道が開通。電化に伴って加太電気鉄道と改称した昭和5年(1930)12月に当駅が開業しました。 加太電気鉄道は昭和17年(1942)2月、南海鉄道に吸収合併され、新たに加太線として運行を開始しました。 昭和19年(1944)10月、当駅と紀ノ川駅の間がつながって貨物列車を運行。 東松江は製鉄業がさかんなまちで、当駅を経由して住友金属工業和歌山製鉄所の貨物専用線で同社の原料や製品などを運搬していましたが、昭和59年(1984)2月、旧国鉄の貨物ダイヤ大幅削減に伴って貨物営業を廃止しました。

和泉中央

和泉中央

和泉市に位置する和泉中央駅は、平成7年(1995)4月1日開業。和泉市の中心市街地として発展しており、商業施設や公共施設、住宅などが集まっています。 和泉中央駅は、「鉄道の日」記念行事の一つとして実施された「第3回近畿の駅百選」にも認定されました。

白鷺

白鷺

昭和24年(1949)7月、この地の北側に「中百舌鳥運動場前駅」が開設されましたが9年後に廃止。その後、公団白鷺団地が造成されたのに伴い、昭和39年(1964)5月に当駅を開業しました。 かつて沿線の田園に白鷺の群が多く見られたことが団地および駅名の由来です。 駅の北西約1.1キロに位置する「金岡神社」は、平安時代初期の仁和年間(885年頃)、庶民の安全と五穀豊穣を祈願するため、住吉大神を祀って創建したと伝えられています。

千早口

千早口

三日市町~橋本間が開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅前を下って天見川を渡り、さらに国道を越えて7分ほど歩くと「地蔵寺」があります。延命寺を創建した浄厳和尚の甥にあたる蓮体和尚が元禄4年(1691)に再建したもので、昭和45年(1970)12月に大阪府の名勝に指定されました。 また、天見川沿いの高野街道を南へ7分ほど歩くと小さなお堂「松明屋」があります。軒近くの松には「弘法大師が高野街道を歩くうちにこの地で夜が明け、地面に突き刺した松明が芽を出して大木になった」という伝説があります。

春木

春木

大正3年(1914)10月に開業しました。 駅の東側には、かつて「春木競馬場」がありましたが、地元の要望もあり昭和49年(1974)に廃止となりました。その跡地に造られた「中央公園」は、テニスコート、プール、トラック競技場などのスポーツ施設が充実しています。 大阪府下唯一の競輪場である「岸和田競輪場」は昭和25年(1950)2月、全国で22番目の競輪場として開設。観客収容人員約45000人のマンモススタンドを持ちます。

河内長野

河内長野

明治31年(1898)3月に開業し、4年後の明治35年(1902)12月、近鉄の前身、河南鉄道(柏原~河内長野)が開通し接続駅になりました。 昭和51年(1976)10月に橋上駅舎化されました。 沿線には南河内を代表する名刹「観心寺」があり、金堂と本尊如意輪観音が国宝に指定されています。 大阪府下最高峰(1,125メートル)の金剛山へは駅前からバスをご利用ください。冬山登山やハイキングで樹氷が楽しめます。

下古沢

下古沢

大正14年(1925)3月、高野下から高野山にいたる鉄道敷設を目指して高野山電気鉄道が設立され、昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)間の開通と同時に開業しました。 駅名は当時の地名である下古沢村からつけられました。 この辺りは古くから手漉き和紙「高野紙(古沢紙)」の産地として約100軒の家々が紙漉きを行っていましたが、現在はわずか1軒のみとなり、九度山町では勝利寺(最寄りは九度山駅)の境内に紙の資料館と体験室を兼ねた「紙遊苑」を開設し、先祖の伝えたこの伝統文化を後世に伝承しています。

千代田

千代田

昭和13年(1938)2月に開業しました。 昭和30年代以降に住宅開発が急速に進んだ河内長野市の中でも、当駅周辺は早くから宅地化が進みました。千代田車庫は昭和41年(1966)2月に竣工、千代田工場は昭和57年(1982)3月に操業開始しました。5万平方メートルの敷地内で車両の定期検査や改造工事などを行っています。 また、同工場は毎年秋に開催する「南海電車まつり」の会場にもなっています。 駅の南西に位置する「寺ヶ池公園」は、市内唯一の総合公園として市民に利用されています。

井原里

井原里

鶴原駅と泉佐野駅の間には、鶴原地区のほか下瓦屋、湊、中庄、上瓦屋などに古くからの住区があり、ワイヤーロープなど鋼線関係の工場が点在していたこともあり、昭和27年(1952)4月、両駅の中間に開業しました。 山手の上瓦屋地区が昔、井原庄と呼ばれていたところから駅名に採用されました。 中庄にある奈加美神社は平安時代初期の創建と伝えられています。旧社名は大宮神社でしたが、中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取って三町合同の願いをこめて現在の名前になったといいます。本殿は華麗な彩色の三間社流造で大阪府の指定文化財となっています。

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