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南海沿線のまち

岡田浦

岡田浦

吉見ノ里駅の開業1ヵ月後の大正4年(1915)11月に開業しました。 駅名の由来となった旧海岸「岡田浦」は、かつて四国方面への海上交通の要所であったといわれています。 現代は、大理石の人口渚「マーブルビーチ」が、りんくうタウンの海岸線に沿って広がっています。 漁業のまちで、昭和26年(1951)に第1種漁港の指定を受けた「岡田浦漁港」は、アナゴなどの魚介類が年間300t近く水揚げされており、最近では体験地引き網にも力を入れています。 駅から南東約500mの「里外神社」は“岡田の恵比須さん”とも呼ばれています。

木津川

木津川

高野鉄道の道頓堀駅~大小路駅間(現・汐見橋駅~堺東駅間)が開通した明治33年 (1900)9月、水陸運輸の連絡の要地として開業しました。 この辺りは、かつて聖徳太子が四天王寺を造営した際に、諸国から用材を集積したことから「木津」と呼ばれるようになったといいます。 駅名にもなっている河川「木津川」は、土佐堀川から分岐して大阪湾に注いでおり、水深に恵まれ古くから船舶の航行が盛んでした。 木津川には、船の運航を妨げないよう、日本では珍しいアーチ型の水門がかかっています。

芦原町

芦原町

高野鉄道が開業した12年後の大正元年(1912)11月に開業しました。駅名は当時の所在地名「難波芦原町」が由来とされています。 芦原町駅近くには、南海電鉄で一番幅の広い踏切があります。 駅から約500m北西にある「大浪橋」は昭和12年(1937)に完成。大きな帆船が頻繁に通るため橋脚がなく、木津川をまたぐように架けられています(橋長81.5m)。

岸里玉出

岸里玉出

萩ノ茶屋~玉出間の高架化に伴い、平成5年(1993)4月、岸ノ里駅と玉出駅を移設統合し、駅名が「岸里玉出」となりました。 岸ノ里駅は大正2年(1913)7月、玉出駅は明治40年(1907)10月に開業しています。 駅の南西約600メートルには「生根神社」があり、7月24日・25日の夏祭りに出される「だいがく」(高さ約20メートルの柱に79個の提灯をつけた山笠)が、民俗資料として府の有形文化財に指定されています。

沢ノ町

沢ノ町

昭和17年(1942)2月に開業しました。 駅名は当時の町名「沢之町」から付けられましたが、同年に町の一部が殿辻町(現・住吉区殿辻)に町名変更されました。 駅と住吉大社のほぼ中間に位置する住吉行宮跡は、正平7年(文和元年・1352)に住吉大社宮司・津守氏邸内の正印殿に移った後村上天皇が、ここを行宮(行幸時の仮宮居)とし、次の長慶天皇が即位した地としても知られています。 「万葉集」でその情景が歌われた細江川は、上流約600メートルの区間が「細江川のせせらぎ」として整備されており、初夏には住吉区の花・かきつばたも見ることができます。

湊

南海鉄道当時の明治40年(1907)10月に開業しました。 所在地である出島町が、古くから「湊村」と呼ばれていたことが駅名の由来といわれています。江戸時代には「湊紙」と「壺塩」の産地で知られました。 駅の付近には、かつて田畑に利用していた井戸から水をくみ上げるための風車が林立していました。都心に近いこともあり、昭和30年代から住宅地が増え始め、現在では見られなくなってしまいました。

林間田園都市

林間田園都市

当社が開発を進めてきた民間最大級の住宅地開発「南海橋本林間田園都市」の玄関口として、昭和56年(1981)11月に開業しました。 掘割の路線をまたぐ橋上駅舎は、1階にプラットホーム、2階に出改札口や駅務室などの駅機能を集約。 2階コンコースから吹き抜け部分の階段を上った3階ホールには、チョコレート色をした半円筒形の巨大なボールト屋根(直径18.8メートル、長さ37.2メートル)があり、ニュータウンのシンボルとなっています。平成15年(2003)の第4回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

井原里

井原里

鶴原駅と泉佐野駅の間には、鶴原地区のほか下瓦屋、湊、中庄、上瓦屋などに古くからの住区があり、ワイヤーロープなど鋼線関係の工場が点在していたこともあり、昭和27年(1952)4月、両駅の中間に開業しました。 山手の上瓦屋地区が昔、井原庄と呼ばれていたところから駅名に採用されました。 中庄にある奈加美神社は平安時代初期の創建と伝えられています。旧社名は大宮神社でしたが、中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取って三町合同の願いをこめて現在の名前になったといいます。本殿は華麗な彩色の三間社流造で大阪府の指定文化財となっています。

学文路

学文路

南海鉄道が高野大師鉄道と大阪高野鉄道を合併した2年後、大正13年(1924)11月に開業。 難読で知られる駅名は、高野詣りの宿場町として栄えた旧学文路村にちなんで付けられました。 学問の神様・菅原道真公が祀られている学文路天満宮の最寄り駅で、昭和50年(1975)に「学問(文)の路に入るお守り」として入場券をPRしたところ人気を博し、昭和55年(1980)から受験シーズンに5枚セットで発売。「ご枚入り」「入場券」「学文路」の頭文字をつなぐと「ご入学」になることから、合格祈願の縁起物としてご好評を得ています。

我孫子前

我孫子前

駅から東へ約1キロに位置する「我孫子観音」への参拝の便を図るため、明治40年(1907)1月に開業しました。 後に阪和電気鉄道(現JR阪和線)我孫子町駅や地下鉄御堂筋線あびこ駅が開業しましたが、当時は当駅が最寄り駅であったため「我孫子前」と名付けられました。 我孫子観音は正式には「吾彦山大聖観音寺」と称し、日本最古の観音信仰道場・厄除けの寺として有名です。約1400年前、聖徳太子がこの地に赴いた時に観音菩薩のお告げを受けて当寺を創建したと伝えられ、毎年恒例の「節分厄除大法会」は厄除開運・無病息災・諸願成就を祈る人々でにぎわいます。

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