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南海沿線のまち

橋本

橋本

高野登山鉄道当時の大正4年(1915)3月に開業しました。 その17年前、明治31年(1898)4月に紀和鉄道(現・JR和歌山線)が橋本~五条間に鉄道を敷設していたことから、現在も当社とJR西日本の共同使用駅となっています。 高野街道と大和街道が交わるまち、今も昔も人やものの交流が盛んな土地です。 万葉集にもこの地の歌が残されています。

箱作

箱作

明治31年(1898)10月に開業しました。 駅名の由来となった「箱作」の地名は諸説あり京都・賀茂神社改修の際に流した御霊箱がこの地の海岸にたどり着いたという「箱着里」が語源といわれています。 東側駅前の旧道を和歌山市方面へ500mほど進むと「加茂神社」があります。この地が上賀茂神社の荘園であった当時に創建されたと伝えられ、安土桃山時代に建てられた桧皮葺の本殿は、燈籠とともに大阪府の有形文化財に指定されています。府営公園「せんなん里海公園」に隣接する箱作海水浴場(ぴちぴちビーチ)の最寄り駅です。

浜寺公園

浜寺公園

明治30年(1897)10月に開業した後、明治40年(1907)6月に建て替えられた駅舎は、東京駅などの設計で知られる辰野金吾博士が所属した辰野・片岡建築事務所の設計によるものです。 平成10年(1998)9月に諏訪ノ森駅とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となったほか、平成12年(2000)には第1回「近畿の駅百選」に選ばれ、平成14年(2002)には第9回「堺市景観賞(まち部門)」を受賞しています。 南海本線(堺市)連続立体交差事業により高架化されるため、現在は仮駅舎となっています。

住吉大社

住吉大社

当社の前身・阪堺鉄道が開通した明治18年(1885)12月に開業しました。 当時の駅名は「住吉停車場」でしたが、のちに「住吉公園駅」となり、玉出~大和川間の高架化に伴って新駅舎が完成した昭和54年(1979)5月に「住吉大社駅」と改称しました。 全国屈指の初詣客数を誇る「住吉大社」は、住吉大神(底(そこ)筒男(つつのをの)命(みこと)、中筒男(なかつつのをの)命(みこと)、表(うわ)筒男(つつのをの)命(みこと))と神(じん)功(ぐう)皇后(こうごう)を祭神とし、第一本宮から第四本宮に至る「御本殿」が国宝建造物に指定されています。 春の桜祭りなどでにぎわう「住吉公園」は、明治6年(1873)に開設された大阪最古の公園として知られます。

帝塚山

帝塚山

昭和9年(1934)12月に開業しました。 この地域には古くから豪族が住んでいたといわれ、明治から大正時代にかけて大阪府屈指の高級住宅地として発展しました。 東へ進み、阪堺電車・上町線を越えたあたりにある「万代池公園」は市民の憩いと散策の場となっており、万代池は墳墓の周濠であったといわれています。 駅の西側にある「帝塚山古墳」は、5,6世紀頃にこの地を支配していた大伴金村の墳墓と伝えられ、茶臼山(天王寺区)、御勝山(生野区)とともに大阪市の三大前方後円墳と呼ばれています。

松ノ浜

松ノ浜

大正3年(1914)12月に開業しました。当時の駅名は「助松」で、昭和35年(1960)12月に「松ノ浜」と改称しました。 駅の南東約1.2kmにある「曽禰神社」は、泉大津市内で最古の神社と伝えられています。 同神社が位置する曽根町から、和泉市池上町にかけて広がる弥生時代の大集落遺跡「池上曽根遺跡」は、昭和51年(1976)に国の史跡に指定されました。池上遺跡史跡公園内には「池上曽根弥生情報館」「池上曽根弥生学習館」があり、隣接する「大阪府立弥生文化博物館」では弥生文化に関する資料と情報を収集・保存・研究・展示しています。

光明池

光明池

昭和52年(1977)8月20日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの南端に位置しています。 駅周辺には、商業施設や医療機関などが集まっており、光明池運転免許試験場への最寄り駅としても知られています。 駅名の由来となっている「光明池」は、関西でも屈指の貯水量を誇るため池。緑豊かな景観が素晴らしく、光明池緑地として「大阪緑の百選」にも選ばれています。

我孫子前

我孫子前

駅から東へ約1キロに位置する「我孫子観音」への参拝の便を図るため、明治40年(1907)1月に開業しました。 後に阪和電気鉄道(現JR阪和線)我孫子町駅や地下鉄御堂筋線あびこ駅が開業しましたが、当時は当駅が最寄り駅であったため「我孫子前」と名付けられました。 我孫子観音は正式には「吾彦山大聖観音寺」と称し、日本最古の観音信仰道場・厄除けの寺として有名です。約1400年前、聖徳太子がこの地に赴いた時に観音菩薩のお告げを受けて当寺を創建したと伝えられ、毎年恒例の「節分厄除大法会」は厄除開運・無病息災・諸願成就を祈る人々でにぎわいます。

堺東

堺東

駅の西側正面に商店街、斜め向かいに市役所や裁判所など官庁街が隣接する堺市の東の玄関口です。 高野鉄道当時の明治31年(1898)1月に開業し、駅舎の1~2階部分を含む南海堺東ビルは昭和39年(1964)10月に竣工しました。 駅前にはバスターミナルが整備され、現在も同市の交通の要としての役割を担っています。

木津川

木津川

高野鉄道の道頓堀駅~大小路駅間(現・汐見橋駅~堺東駅間)が開通した明治33年 (1900)9月、水陸運輸の連絡の要地として開業しました。 この辺りは、かつて聖徳太子が四天王寺を造営した際に、諸国から用材を集積したことから「木津」と呼ばれるようになったといいます。 駅名にもなっている河川「木津川」は、土佐堀川から分岐して大阪湾に注いでおり、水深に恵まれ古くから船舶の航行が盛んでした。 木津川には、船の運航を妨げないよう、日本では珍しいアーチ型の水門がかかっています。

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