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南海沿線のまち

萩原天神

萩原天神

高野登山鉄道当時の大正元年(1912)10月に開業しました。 駅名にある萩原天神参詣の利便を図ったもので駅の西側へ100メートル行ったところにある同天神は天穂日命、菅原天神を祀っており、知恵の神様として、七五三や受験シーズンにはお参りの方でにぎわいます。 4月には赤ちゃんの健やかな成長を祈願する「泣き相撲」や10月には、秋祭りがあり遠近から多くの方が訪れます

みさき公園

みさき公園

昭和13年(1938)7月に開業しました。もとは「南淡輪駅」として開業。 昭和19年(1944)6月に多奈川支線(当時)との連絡駅として現在位置に移設され、昭和32年(1957)1月、遊園地「みさき公園」の開業(同年4月)を前に改名されました。令和2年(2020)3月に営業終了するまで、「みさき公園」の玄関口として、行楽の家族連れでにぎわいました。現在「みさき公園」は、「岬町立みさき公園」となっています。 駅舎は平成2年(1990)に改装され、海をイメージさせるヨットのデザインを取り入れ、紺と白を基調とした外装と熱線反射ガラスの採用によって、開放的な外観となりました。平成14年(2002)の第3回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれています。

樽井

樽井

明治30年(1897)11月、江戸時代から繊維の生産で有名であった樽井村(当時)に鉄道開通とともに開業しました。 レンガ製造や、大正から昭和初めにかけては紡績産業でも栄えたまちです。 関西国際空港を間近に見ながら遊泳が楽しめる「サザンビーチ(りんくう南浜海水浴場)」の最寄り駅として、春は潮干狩り、夏は海水浴が楽しめます。 駅周辺には「なみはやグラウンド」や「サザンスタジアム(泉南市民球場)」など、スポーツ施設も充実。 梅林スポットの「金熊寺」や桜の名所「根来寺」へは駅前からバスを利用。毎年、大勢の花見客が訪れます。

天見

天見

三日市町~橋本間が開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅の西側には河内長野市内最古の温泉と言われる天見温泉がわき、古くから温泉郷として栄えています。 この地は「南天の里」と呼ばれるほど南天の多いところであり、家の周りや石垣、畑などで数多く栽培されています。花の時期は6月から7月で、12月頃になると真っ赤な実をつけ、正月用切花や薬用として用いられます。

吉見ノ里

吉見ノ里

大正4年(1915)10月、田尻町吉見に開業しました。地元の田尻漁港の名物行事、日曜朝市でにぎわいます。 ここは泉州タマネギ発祥の地で、明治18年(1885)に地元の今井佐治平、大門久三郎、道浦吉平らが横浜からタマネギの種子を取り寄せ、干ばつと水害に悩む農家に奨励したことから、町内の春日神社境内に「泉州珠葱栽培之祖」碑に功績をたたえた碑文が刻まれています。 戦後、昭和48年(1973)に廃止されるまで、紡績の原料・製品の貨物輸送や紡績工場従業員の荷物受け渡しなどが盛んに行われました。

下古沢

下古沢

大正14年(1925)3月、高野下から高野山にいたる鉄道敷設を目指して高野山電気鉄道が設立され、昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)間の開通と同時に開業しました。 駅名は当時の地名である下古沢村からつけられました。 この辺りは古くから手漉き和紙「高野紙(古沢紙)」の産地として約100軒の家々が紙漉きを行っていましたが、現在はわずか1軒のみとなり、九度山町では勝利寺(最寄りは九度山駅)の境内に紙の資料館と体験室を兼ねた「紙遊苑」を開設し、先祖の伝えたこの伝統文化を後世に伝承しています。

我孫子前

我孫子前

駅から東へ約1キロに位置する「我孫子観音」への参拝の便を図るため、明治40年(1907)1月に開業しました。 後に阪和電気鉄道(現JR阪和線)我孫子町駅や地下鉄御堂筋線あびこ駅が開業しましたが、当時は当駅が最寄り駅であったため「我孫子前」と名付けられました。 我孫子観音は正式には「吾彦山大聖観音寺」と称し、日本最古の観音信仰道場・厄除けの寺として有名です。約1400年前、聖徳太子がこの地に赴いた時に観音菩薩のお告げを受けて当寺を創建したと伝えられ、毎年恒例の「節分厄除大法会」は厄除開運・無病息災・諸願成就を祈る人々でにぎわいます。

松ノ浜

松ノ浜

大正3年(1914)12月に開業しました。当時の駅名は「助松」で、昭和35年(1960)12月に「松ノ浜」と改称しました。 駅の南東約1.2kmにある「曽禰神社」は、泉大津市内で最古の神社と伝えられています。 同神社が位置する曽根町から、和泉市池上町にかけて広がる弥生時代の大集落遺跡「池上曽根遺跡」は、昭和51年(1976)に国の史跡に指定されました。池上遺跡史跡公園内には「池上曽根弥生情報館」「池上曽根弥生学習館」があり、隣接する「大阪府立弥生文化博物館」では弥生文化に関する資料と情報を収集・保存・研究・展示しています。

鳥取ノ荘

鳥取ノ荘

大正8年(1919)3月、当時の西鳥取村(現・阪南市鳥取)に開業しました。 海に近く、大阪湾では数少ない海苔の養殖が行われていたりします。 定かではありませんが、このあたり一帯がかつて観心寺領の荘園「鳥取荘」であったことから名付けられたといわれています。 駅から北東へ徒歩すぐの「法福寺」は、別名“お菊寺"と呼ばれ、豊臣秀次と小督局の子と伝えられるお菊の木像が安置されています。

橋本

橋本

高野登山鉄道当時の大正4年(1915)3月に開業しました。 その17年前、明治31年(1898)4月に紀和鉄道(現・JR和歌山線)が橋本~五条間に鉄道を敷設していたことから、現在も当社とJR西日本の共同使用駅となっています。 高野街道と大和街道が交わるまち、今も昔も人やものの交流が盛んな土地です。 万葉集にもこの地の歌が残されています。

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