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南海沿線のまち

なんば

明治18年(1885)12月に開業。大阪ミナミを代表するターミナル駅です。御堂筋に面する南海ビルは、昭和7年(1932)7月の竣工から長い年月が経過していますが、表面外壁をテラコッタ(装飾用の素焼陶器)で張りつめた外観は今なお偉容を誇っています。昭和55年(1980)3月に「なんばCITY」全館オープン。平成6年(1994)9月に関西国際空港が開港、平成30年(2018)に「なんばスカイオ」が開業し、大阪市から世界への玄関口として機能するなど、伝統だけでなく時代とともに変革を続けています。令和7年(2025)3月に駅前の「なんば広場」が全体完成、同年9月には2階中央改札口・コンコースのリニューアル完了。進化が止まらないなんばのまち、これからも皆さまとともに盛り上げてまいります。

高石

高石

明治34年(1901)3月に開業しました。当時の駅名は信太森葛葉稲荷神社(和泉市葛の葉)にちなんで「くずの葉」と名付けられました。昭和16年(1941)8月に地名から「高石町」に、市制施行の翌月となる昭和41年(1966)12月に「高石」と改称しました。 昭和44年(1911)4月には駅の改造工事が完成し、南海線初の橋上駅舎として営業を開始。 かつては駅西側の海岸地帯を中心に住宅街が形成されていましたが、泉北臨海工業地の造成による住環境の変化とも相まって、駅東側への新たな人の流れを生むようになりました。 夜には工場の夜景を堪能できるまちとして密かな人気を集めています。

湊

南海鉄道当時の明治40年(1907)10月に開業しました。 所在地である出島町が、古くから「湊村」と呼ばれていたことが駅名の由来といわれています。江戸時代には「湊紙」と「壺塩」の産地で知られました。 駅の付近には、かつて田畑に利用していた井戸から水をくみ上げるための風車が林立していました。都心に近いこともあり、昭和30年代から住宅地が増え始め、現在では見られなくなってしまいました。

極楽橋

極楽橋

大正14年(1925)に始まった高野下駅~極楽橋駅間約10.3キロの線路延長工事は、山岳地帯のため難工事となり、昭和4年(1929)2月にようやく当駅が開業しました(ケーブルカーの開通は翌年6月)。 電車のホームとケーブルカー乗り場を結ぶ構内通路は、直下を流れる「不動谷川」に架かる橋の役割も果たしています。 駅から川沿いを下っていくと駅名の由来となった「極楽橋」があります。 昭和29年(1954)に架け替えられたこの橋を渡って「不動坂」を登り、高野山上の「女人堂」に出ることで、昔の高野詣りの風情を楽しむ方も多くいらっしゃいます。

住ノ江

住ノ江

南海鉄道の難波駅~浜寺公園駅間が電化された明治40年(1907)8月に開業しました。 当時、東成郡墨江村(現・住之江区西住之江)に直営の火力発電所「住の江発電所」が建設され、同駅の開業と同時に送電を開始し、大正7年(1918)まで稼動しました。 「住ノ江車庫」は大正10年(1921)2月に竣工。昭和52年(1977)4月に駅とともに高架化されました。 地元安立のまちには、かつて笠松と呼ばれる、かの歌川広重の絵にも描かれたほどの松があり、見物客でにぎわいました。住吉大社の参詣道として栄えた街道は、商店街に姿を変え、現在もにぎわいを見せています。

箱作

箱作

明治31年(1898)10月に開業しました。 駅名の由来となった「箱作」の地名は諸説あり京都・賀茂神社改修の際に流した御霊箱がこの地の海岸にたどり着いたという「箱着里」が語源といわれています。 東側駅前の旧道を和歌山市方面へ500mほど進むと「加茂神社」があります。この地が上賀茂神社の荘園であった当時に創建されたと伝えられ、安土桃山時代に建てられた桧皮葺の本殿は、燈籠とともに大阪府の有形文化財に指定されています。府営公園「せんなん里海公園」に隣接する箱作海水浴場(ぴちぴちビーチ)の最寄り駅です。

光明池

光明池

昭和52年(1977)8月20日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの南端に位置しています。 駅周辺には、商業施設や医療機関などが集まっており、光明池運転免許試験場への最寄り駅としても知られています。 駅名の由来となっている「光明池」は、関西でも屈指の貯水量を誇るため池。緑豊かな景観が素晴らしく、光明池緑地として「大阪緑の百選」にも選ばれています。

三日市町

三日市町

長野(現・河内長野)駅から当駅まで開通した大正3年(1914)10月に開業しました。翌年に橋本駅まで開通するまでこの地は高野詣りの宿場町でした。 駅名にもなっている「三日市」の地名は、かつて毎月3日に市が開かれたのがその名の由来といわれています。 橋上駅舎は昭和48年(1973)8月、高野線複線化工事の一環として完成。翌年3月に河内長野~三日市町間が複線化されました。 北東約3キロの延命寺は紅葉の名所として知られ、徒歩約40分で行けることからハイキングコースとしても親しまれています。

白鷺

白鷺

昭和24年(1949)7月、この地の北側に「中百舌鳥運動場前駅」が開設されましたが9年後に廃止。その後、公団白鷺団地が造成されたのに伴い、昭和39年(1964)5月に当駅を開業しました。 かつて沿線の田園に白鷺の群が多く見られたことが団地および駅名の由来です。 駅の北西約1.1キロに位置する「金岡神社」は、平安時代初期の仁和年間(885年頃)、庶民の安全と五穀豊穣を祈願するため、住吉大神を祀って創建したと伝えられています。

浜寺公園

浜寺公園

明治30年(1897)10月に開業した後、明治40年(1907)6月に建て替えられた駅舎は、東京駅などの設計で知られる辰野金吾博士が所属した辰野・片岡建築事務所の設計によるものです。 平成10年(1998)9月に諏訪ノ森駅とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となったほか、平成12年(2000)には第1回「近畿の駅百選」に選ばれ、平成14年(2002)には第9回「堺市景観賞(まち部門)」を受賞しています。 南海本線(堺市)連続立体交差事業により高架化されるため、現在は仮駅舎となっています。

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