運行情報

南海アプリ
電車のリアルタイムな運行情報が取得できる公式アプリです。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

時刻

日付

駅名を入力してください。ローマ字・ひらがな・カタカナ・漢字で入力可能です。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

時刻

日付

駅名を入力してください。ローマ字・ひらがな・カタカナ・漢字で入力可能です。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

最新情報

特急・観光列車

ショッピング・グルメ

南海沿線のまち

七道

七道

大正6年(1917)4月に開業しました。駅名の由来は「七道」という地名から。 七道駅前ロータリーには堺市指定有形文化財に指定される石碑「放鳥銃定限記碑」や、北旅籠町出身の河口慧海(1866~1945)の銅像が設置されています。 駅から東へ5分ほど歩くと「町家歴史館 清学院」(国登録有形文化財)と、令和6年3月に開館した「鉄炮鍛冶屋敷(町家歴史館 井上関右衛門家住宅)」(堺市指定有形文化財)があります。 駅の東側にある「高須神社」は、徳川家康に大量の鉄砲を納めた鉄砲鍛冶・芝辻理右衛門が、その功績からこの地を授けられ、鉄砲の繁栄を願って元和5年(1619)に建立したといわれています。

天見

天見

三日市町~橋本間が開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅の西側には河内長野市内最古の温泉と言われる天見温泉がわき、古くから温泉郷として栄えています。 この地は「南天の里」と呼ばれるほど南天の多いところであり、家の周りや石垣、畑などで数多く栽培されています。花の時期は6月から7月で、12月頃になると真っ赤な実をつけ、正月用切花や薬用として用いられます。

白鷺

白鷺

昭和24年(1949)7月、この地の北側に「中百舌鳥運動場前駅」が開設されましたが9年後に廃止。その後、公団白鷺団地が造成されたのに伴い、昭和39年(1964)5月に当駅を開業しました。 かつて沿線の田園に白鷺の群が多く見られたことが団地および駅名の由来です。 駅の北西約1.1キロに位置する「金岡神社」は、平安時代初期の仁和年間(885年頃)、庶民の安全と五穀豊穣を祈願するため、住吉大神を祀って創建したと伝えられています。

紀ノ川

紀ノ川

南海鉄道が紀の川北岸まで延伸された明治31年(1898)10月に「和歌山北口駅」として開業しました。 明治36年(1903)3月、和歌山市駅までの延伸に伴って北口駅は廃止となり、現在位置に移設され「紀ノ川駅」となりました。 昭和19年(1944)10月には東松江駅とつながって加太線との接続駅となります。 駅名の由来でもある1級河川「紀の川」は、大台ケ原を源流として延長120キロ以上に及びます。 秋の味覚シーズンには、みかん狩りハイキングを楽しむ人が多く見られます。

東松江

東松江

明治45年(1912)6月、加太軽便鉄道が開通。電化に伴って加太電気鉄道と改称した昭和5年(1930)12月に当駅が開業しました。 加太電気鉄道は昭和17年(1942)2月、南海鉄道に吸収合併され、新たに加太線として運行を開始しました。 昭和19年(1944)10月、当駅と紀ノ川駅の間がつながって貨物列車を運行。 東松江は製鉄業がさかんなまちで、当駅を経由して住友金属工業和歌山製鉄所の貨物専用線で同社の原料や製品などを運搬していましたが、昭和59年(1984)2月、旧国鉄の貨物ダイヤ大幅削減に伴って貨物営業を廃止しました。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

深日港

深日港

難読な地名として知られる、岬町の深日(ふけ)。「吹飯の浜」等、数々の詩に詠まれ、「万葉集」「新古今和歌集」等に登場しています。 深日港駅は多奈川線が開通した約4年後、深日港~淡路・四国連絡航路の開設に伴って昭和23年(1948)11月に開業しました。 駅名の由来となった「深日港」は大阪府が管理する8地方港湾の1つ。淡路連絡の急行「淡路号」が運行されていましたが、平成5年(1993)4月のダイヤ改正で廃止となりました。 岬町役場の最寄り駅。

住吉東

住吉東

住吉大社の裏門にあたる高野線の最寄り駅として、高野鉄道当時の明治33年(1900)9月に開業しました。 駅構内は複々線となっており、高野線の円滑な運行を支えています。駅から難波方面へ進むと、天王寺駅前と浜寺駅前を結ぶ阪堺電気軌道上町線が線路上を交差しており、築堤上に神ノ木停車場があります。 住吉大社へは駅の西側を徒歩で約5分。境内に入ると、第1本宮の裏に樹齢千年以上の楠と「南珺社」があります。毎月はじめの辰の日が例祭日であることから「初辰さん」と呼ばれ、初辰の日には商売繁盛・家内安全・除災招福を祈願する人でにぎわいます。

高野山

高野山

四季を通じて全国各地から参拝客が訪れる世界遺産“高野山"の玄関口。 高野山電気鉄道当時の昭和5年(1930)6月に開業し、高野山開創1150年祭を翌年にひかえた昭和39年(1964)12月、輸送力増強のためケーブルカーの2両連結運転を開始しました。 プラットホームはコンクリート製の階段になっており、駅の地下室に据えられた出力400キロワットの巻上機2台でケーブルカーを上下に動かしています(運転速度は秒速3メートル)。標高867メートルに位置し、駅前と山内各所をバスで結ぶ、当社の代表的な観光駅です。

学文路

学文路

南海鉄道が高野大師鉄道と大阪高野鉄道を合併した2年後、大正13年(1924)11月に開業。 難読で知られる駅名は、高野詣りの宿場町として栄えた旧学文路村にちなんで付けられました。 学問の神様・菅原道真公が祀られている学文路天満宮の最寄り駅で、昭和50年(1975)に「学問(文)の路に入るお守り」として入場券をPRしたところ人気を博し、昭和55年(1980)から受験シーズンに5枚セットで発売。「ご枚入り」「入場券」「学文路」の頭文字をつなぐと「ご入学」になることから、合格祈願の縁起物としてご好評を得ています。

私たちの事業について