運行情報

南海アプリ
電車のリアルタイムな運行情報が取得できる公式アプリです。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

時刻

時
分

日付

駅名を入力してください。ローマ字・ひらがな・カタカナ・漢字で入力可能です。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

時刻

時
分

日付

駅名を入力してください。ローマ字・ひらがな・カタカナ・漢字で入力可能です。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

最新情報

特急・観光列車

ショッピング・グルメ

南海沿線のまち

春木

春木

大正3年(1914)10月に開業しました。 駅の東側には、かつて「春木競馬場」がありましたが、地元の要望もあり昭和49年(1974)に廃止となりました。その跡地に造られた「中央公園」は、テニスコート、プール、トラック競技場などのスポーツ施設が充実しています。 大阪府下唯一の競輪場である「岸和田競輪場」は昭和25年(1950)2月、全国で22番目の競輪場として開設。観客収容人員約45000人のマンモススタンドを持ちます。

住吉東

住吉東

住吉大社の裏門にあたる高野線の最寄り駅として、高野鉄道当時の明治33年(1900)9月に開業しました。 駅構内は複々線となっており、高野線の円滑な運行を支えています。駅から難波方面へ進むと、天王寺駅前と浜寺駅前を結ぶ阪堺電気軌道上町線が線路上を交差しており、築堤上に神ノ木停車場があります。 住吉大社へは駅の西側を徒歩で約5分。境内に入ると、第1本宮の裏に樹齢千年以上の楠と「南珺社」があります。毎月はじめの辰の日が例祭日であることから「初辰さん」と呼ばれ、初辰の日には商売繁盛・家内安全・除災招福を祈願する人でにぎわいます。

新今宮

新今宮(#まいど通天閣)

昭和30年代から、沿線郊外の住宅化が急激に進み、通勤旅客が増加したことで難波駅が飽和状態に。そこで国鉄大阪環状線(当時)との連絡によって難波駅の混雑緩和を図るため、昭和41年(1966)12月に当駅は開業しました。 当駅を降りるとそこは、ディープな魅力満載の新世界のまち。 駅の北東にそびえる「通天閣」は、昭和31年(1956)に再建された2代目。初代は明治45年(1912)に建設され、戦時中の昭和18年(1943)に軍需用の鉄材として解体されています。

紀伊清水

紀伊清水

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を合併した約3年後の大正14年(1925)3月に開業しました。 駅北側の「清水の街並み」は、平成9年(1997)に和歌山県ふるさと建築景観賞を受賞。重厚な瓦屋根や格子を持つ家屋が高野街道に沿って東西に軒を連ねており、高野山領最初の宿場町としての面影を今も残しています。 また、紀州へら竿の産地としても知られています。 駅から約500メートル東にある「三軒茶屋の大常夜燈籠」は、江戸時代に東家(紀州藩領)と三軒茶屋(高野山領)を結ぶ渡し場の位置を示すものとして、宝暦2年(1752)に造られました。

樽井

樽井

明治30年(1897)11月、江戸時代から繊維の生産で有名であった樽井村(当時)に鉄道開通とともに開業しました。 レンガ製造や、大正から昭和初めにかけては紡績産業でも栄えたまちです。 関西国際空港を間近に見ながら遊泳が楽しめる「サザンビーチ(りんくう南浜海水浴場)」の最寄り駅として、春は潮干狩り、夏は海水浴が楽しめます。 駅周辺には「なみはやグラウンド」や「サザンスタジアム(泉南市民球場)」など、スポーツ施設も充実。 梅林スポットの「金熊寺」や桜の名所「根来寺」へは駅前からバスを利用。毎年、大勢の花見客が訪れます。

七道

七道

大正6年(1917)4月に開業しました。駅名の由来は「七道」という地名から。 七道駅前ロータリーには堺市指定有形文化財に指定される石碑「放鳥銃定限記碑」や、北旅籠町出身の河口慧海(1866~1945)の銅像が設置されています。 駅から東へ5分ほど歩くと「町家歴史館 清学院」(国登録有形文化財)と、令和6年3月に開館した「鉄炮鍛冶屋敷(町家歴史館 井上関右衛門家住宅)」(堺市指定有形文化財)があります。 駅の東側にある「高須神社」は、徳川家康に大量の鉄砲を納めた鉄砲鍛冶・芝辻理右衛門が、その功績からこの地を授けられ、鉄砲の繁栄を願って元和5年(1619)に建立したといわれています。

多奈川

多奈川

昭和19年(1944)5月、軍部の強い要請によって南海鉄道と関西急行鉄道が合併し「近畿日本鉄道」となりました。同時に、軍需工場の従業員や軍事関係者などの輸送を目的として多奈川支線が開通し、当駅が開業しました。 軍需工場は戦後に解体され、天然の良港としての条件を備えた海岸には関西電力多奈川火力発電所が建設されました。 「興善寺」「理智院」へは駅前からバスで約15分。興善寺の本尊・大日如来坐像は国の重要文化財に指定されており、理智院には秀吉の木像や秀頼幼少時の書「豊国大明神」など豊臣家ゆかりの品々が保存されています。

汐見橋

汐見橋

高野鉄道当時の明治33年(1900)8月に汐見橋~堺東間が開通し、翌月に営業を開始しました。 当初の駅名は「道頓堀駅」でしたが、駅の北側、西道頓堀川に架かっている橋の名にちなんで現在の駅名となり、大正14年(1925)3月に高野線と南海本線の連絡線ができるまで、高野山方面(高野下まで)への直通運転はすべて同駅を発着していました。 その後、大阪市内の交通事情の変化などに伴って、岸里玉出駅までの折り返し運転のみとなりました。 駅周辺の神社仏閣では、豊受皇大神ほか三神が祀られている「赤手拭稲荷神社」が有名です。上方落語「ぞろぞろ」の舞台として知られています。

蛸地蔵

蛸地蔵

大正3年(1914)4月に開業しました。駅名の「蛸地蔵」は、駅から西へ約500メートルに位置する「天性寺」の通称。 かつて岸和田城に一揆が襲来したときに1人の大法師(地蔵尊の化身)と数千の蛸が城の危機を救ったことから、この寺に地蔵尊を安置したと伝えられており、西駅舎の天窓にはこの「蛸地蔵物語」が描かれたステンドグラスがはめ込まれています。 「岸和田だんじり会館」へは駅から徒歩で約8分。市制70周年事業の一環として平成5年(1993)に開設された土蔵風の館内では、熱狂的なだんじり祭の雰囲気を一年中味わえます。

北助松

北助松

沿線東側に建設が進められた公団助松団地の最寄り駅として、昭和32年(1957)12月に開業しました。 駅名に「北」が付けられているのは、開業当時、隣接する松ノ浜駅が「助松」という駅名であったためです。 駅のすぐ北西側にある「助松神社」は、8世紀中頃の称徳天皇の時代に創建されたものといわれており、境内には神鶏が放し飼いにされています。 さらに海岸寄りには、野球場や交通遊園、プールなどの施設を持つ「助松公園」があり、緑豊かな市民の憩いの場となっています。

私たちの事業について