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南海沿線のまち

津守

津守

大正2年(1913)2月開業の津守駅。 駅名にもなっている地名「津守」は、元禄期に2人の町人が木津川の寄州を幕府から買い取って開発した耕地「津守新田」が由来とされ、駅から約800メートル南にある津守小学校の校庭には、新田内の行政事務や年貢の取り締まりなどを行なっていた「津守新田会所跡」の石碑があります。 同校西側にある「津守神社」は津守新田が開発された頃に創設され、当初は五所神社や五社大明神、後には稲荷神社と呼ばれましたが、明治4年(1871)に津守神社と改称しました。 駅から少し歩いた先にある木津川には、今も橋の代わりに渡船が行きかい、市民の足となっています。

忠岡

忠岡

大正14年(1925)7月に開業しました。駅名は地名から。 源平の時代に源氏方の今井五郎兼滋がこの地へ攻めてきた際、忠度の子・忠行が父を紀州方面へ逃し、今井勢をくい止め戦死しました。哀れんだ村人たちが手厚く葬り、丘を築いて「忠行の丘」と呼んだのが地名の由来といわれています。 駅から徒歩約5分の「永福寺」には、境内にビャクシン(ヒノキの仲間)があり、大阪府の天然記念物に指定されています。 東洋美術品を公開している「正木美術館」へは徒歩約15分。収蔵品は国宝3点、重要文化財12点を含め約1,200点を数え、東洋古美術の多彩な分野に及びます。

芦原町

芦原町

高野鉄道が開業した12年後の大正元年(1912)11月に開業しました。駅名は当時の所在地名「難波芦原町」が由来とされています。 芦原町駅近くには、南海電鉄で一番幅の広い踏切があります。 駅から約500m北西にある「大浪橋」は昭和12年(1937)に完成。大きな帆船が頻繁に通るため橋脚がなく、木津川をまたぐように架けられています(橋長81.5m)。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

御幸辻

御幸辻

高野登山鉄道が三日市町駅~橋本駅間を開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の「御幸辻」は、かつて「辻」と呼ばれたこの地で天皇の行幸が相次いだという故事を由来としています。 駅の東側約2キロに位置する「橋本カントリークラブ」は、約240ヘクタールの丘陵地に27ホールを設けたスケールの大きいゴルフ場で、ご利用には林間田園都市駅下車が便利です。

岡田浦

岡田浦

吉見ノ里駅の開業1ヵ月後の大正4年(1915)11月に開業しました。 駅名の由来となった旧海岸「岡田浦」は、かつて四国方面への海上交通の要所であったといわれています。 現代は、大理石の人口渚「マーブルビーチ」が、りんくうタウンの海岸線に沿って広がっています。 漁業のまちで、昭和26年(1951)に第1種漁港の指定を受けた「岡田浦漁港」は、アナゴなどの魚介類が年間300t近く水揚げされており、最近では体験地引き網にも力を入れています。 駅から南東約500mの「里外神社」は“岡田の恵比須さん”とも呼ばれています。

滝谷

滝谷

高野鉄道の狭山駅~長野駅間が開通した明治31年(1898)3月、東へ約3キロの位置にある「瀧谷不動明王寺」への参詣駅として開業しました。 明治35年(1902)3月に河南鉄道の滝谷不動駅(現・近鉄長野線)が開業するまで最寄り駅として利用されました。 眼病平癒で有名な瀧谷不動は、弘仁12年(821)弘法大師開創と伝えられ、毎月28日の縁日には大勢の参詣客でにぎわいます。 駅から東へ徒歩約20分の「錦織公園」は、野山や池などをそのまま生かした自然公園で、野鳥や草花の観察に適しています。 当社線で唯一の富田林市内にある駅です。

泉大津

泉大津

堺駅~佐野(現・泉佐野)駅間が開通した明治30年(1897)10月に「大津」として開業。 昭和17年(1942)4月の市制施行に伴って「泉大津」と改称しました。 駅の東側にあるショッピングセンター「いずみおおつCITY」は平成6年(1994)9月、複合都市施設「アルザ泉大津」内に開業。ファッション、雑貨、飲食などの専門店が入店しています。 さらに東へ進むと「織編館」があります。泉大津は国産毛布の90%以上が生産される日本一の毛布のまち。毛布の歴史や技術を紹介するとともに、世界の織物や民俗衣装なども展示しています。

紀伊細川

紀伊細川

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)駅間の開通と同時に開業しました。難波方面の「入谷トンネル」と高野山方面の「細川トンネル」の間に位置します。駅から徒歩約7分の「八坂神社」は、弘仁年間(810~823)各地を修行中の弘法大師・空海がこの地に立ち寄られた際に、素盞嗚(すさのおの)命(みこと)を祀りました。駅から出合橋を渡って川沿いの谷道を上り、矢立を経由して高野山上を目指すルート(約9.9km・徒歩約3時間)は「高野山町石道」の短縮モデルコースとしてハイキングに利用されています。

羽衣

羽衣

明治45年(1912)3月に開業しました。 千両松、白蛇の松とともに“浜寺三名松”と呼ばれた「羽衣の松」が駅名の由来といわれます。開業後、地名も今在家村から羽衣に改称されました。 明治6年(1873)に開設された「浜寺公園」の南部へは当駅が最寄りです。 平成28年(2016年)5月に下り線(関西空港・和歌山市方面)が、令和3年(2021年)5月に上り線(難波方面)が高架化、令和6年(2024年)4月に高師浜線が高架化されました。

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