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南海沿線のまち

高石

高石

明治34年(1901)3月に開業しました。当時の駅名は信太森葛葉稲荷神社(和泉市葛の葉)にちなんで「くずの葉」と名付けられました。昭和16年(1941)8月に地名から「高石町」に、市制施行の翌月となる昭和41年(1966)12月に「高石」と改称しました。 昭和44年(1911)4月には駅の改造工事が完成し、南海線初の橋上駅舎として営業を開始。 かつては駅西側の海岸地帯を中心に住宅街が形成されていましたが、泉北臨海工業地の造成による住環境の変化とも相まって、駅東側への新たな人の流れを生むようになりました。 夜には工場の夜景を堪能できるまちとして密かな人気を集めています。

御幸辻

御幸辻

高野登山鉄道が三日市町駅~橋本駅間を開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の「御幸辻」は、かつて「辻」と呼ばれたこの地で天皇の行幸が相次いだという故事を由来としています。 駅の東側約2キロに位置する「橋本カントリークラブ」は、約240ヘクタールの丘陵地に27ホールを設けたスケールの大きいゴルフ場で、ご利用には林間田園都市駅下車が便利です。

学文路

学文路

南海鉄道が高野大師鉄道と大阪高野鉄道を合併した2年後、大正13年(1924)11月に開業。 難読で知られる駅名は、高野詣りの宿場町として栄えた旧学文路村にちなんで付けられました。 学問の神様・菅原道真公が祀られている学文路天満宮の最寄り駅で、昭和50年(1975)に「学問(文)の路に入るお守り」として入場券をPRしたところ人気を博し、昭和55年(1980)から受験シーズンに5枚セットで発売。「ご枚入り」「入場券」「学文路」の頭文字をつなぐと「ご入学」になることから、合格祈願の縁起物としてご好評を得ています。

春木

春木

大正3年(1914)10月に開業しました。 駅の東側には、かつて「春木競馬場」がありましたが、地元の要望もあり昭和49年(1974)に廃止となりました。その跡地に造られた「中央公園」は、テニスコート、プール、トラック競技場などのスポーツ施設が充実しています。 大阪府下唯一の競輪場である「岸和田競輪場」は昭和25年(1950)2月、全国で22番目の競輪場として開設。観客収容人員約45000人のマンモススタンドを持ちます。

天見

浅香山

大正4年(1915)6月に開業しました。 駅名の由来は「浅香山」の地名。南北朝時代に南朝方の武将・浅香右近将監宗勝がこの地に築城したことから周辺の丘陵地を浅香山と呼ぶようになったと伝えられています。 現在の橋上駅舎は昭和49年(1974)7月に完成。 駅の東側にある「浅香山浄水場」は市の花木・ツツジの名所として知られ、約2300本のヒラドツツジが植えられている場内は「大阪みどりの百選」にも選ばれています。毎年見頃になると一般公開され、多くの人でにぎわいます。

中百舌鳥

中百舌鳥

高野登山鉄道当時の大正元年(1912)10月に開業しました。 昭和12年(1937)4月に創業50周年記念事業として、駅の南側に「中モズ総合運動場」を建設。戦前・戦後のスポーツ界に大きな貢献をしましたが、時代の移り変わりとともに宅地などに姿を変えました。 昭和45年(1970)11月には従来の位置から北側に移設されて橋上駅舎となり、翌年4月の泉北高速鉄道開業(当時は中百舌鳥駅~泉ケ丘駅間)と同時に相互直通運転を開始しました。 駅の南西約1キロに位置する前方後円墳「ニサンザイ古墳(世界遺産)」は国内有数の大きさを誇ります。

千早口

千早口

三日市町~橋本間が開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅前を下って天見川を渡り、さらに国道を越えて7分ほど歩くと「地蔵寺」があります。延命寺を創建した浄厳和尚の甥にあたる蓮体和尚が元禄4年(1691)に再建したもので、昭和45年(1970)12月に大阪府の名勝に指定されました。 また、天見川沿いの高野街道を南へ7分ほど歩くと小さなお堂「松明屋」があります。軒近くの松には「弘法大師が高野街道を歩くうちにこの地で夜が明け、地面に突き刺した松明が芽を出して大木になった」という伝説があります。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

滝谷

滝谷

高野鉄道の狭山駅~長野駅間が開通した明治31年(1898)3月、東へ約3キロの位置にある「瀧谷不動明王寺」への参詣駅として開業しました。 明治35年(1902)3月に河南鉄道の滝谷不動駅(現・近鉄長野線)が開業するまで最寄り駅として利用されました。 眼病平癒で有名な瀧谷不動は、弘仁12年(821)弘法大師開創と伝えられ、毎月28日の縁日には大勢の参詣客でにぎわいます。 駅から東へ徒歩約20分の「錦織公園」は、野山や池などをそのまま生かした自然公園で、野鳥や草花の観察に適しています。 当社線で唯一の富田林市内にある駅です。

貝塚

貝塚

南海鉄道が堺~泉佐野間を開通した明治30年(1897)10月に開業しました。 駅名にもなっている地名の「貝塚」はかつて「海塚」の文字が使われていたといいます。 大正14年(1925)に水間線(水間鉄道)が開業し、乗換駅となりました。 駅の難波方面最初の踏切付近に“貝塚宮”と称される「感田神社」があり、毎年7月に勇壮な夏祭り「太鼓台祭り」が行われます。 そこからさらに北西へ進むと、地元の人々から“ぼっかん(ト半)さん”と呼ばれる「願泉寺」があり、表門や本堂などが国の重要文化財に指定されています。

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