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南海沿線のまち

住吉東

住吉東

住吉大社の裏門にあたる高野線の最寄り駅として、高野鉄道当時の明治33年(1900)9月に開業しました。 駅構内は複々線となっており、高野線の円滑な運行を支えています。駅から難波方面へ進むと、天王寺駅前と浜寺駅前を結ぶ阪堺電気軌道上町線が線路上を交差しており、築堤上に神ノ木停車場があります。 住吉大社へは駅の西側を徒歩で約5分。境内に入ると、第1本宮の裏に樹齢千年以上の楠と「南珺社」があります。毎月はじめの辰の日が例祭日であることから「初辰さん」と呼ばれ、初辰の日には商売繁盛・家内安全・除災招福を祈願する人でにぎわいます。

岡田浦

岡田浦

吉見ノ里駅の開業1ヵ月後の大正4年(1915)11月に開業しました。 駅名の由来となった旧海岸「岡田浦」は、かつて四国方面への海上交通の要所であったといわれています。 現代は、大理石の人口渚「マーブルビーチ」が、りんくうタウンの海岸線に沿って広がっています。 漁業のまちで、昭和26年(1951)に第1種漁港の指定を受けた「岡田浦漁港」は、アナゴなどの魚介類が年間300t近く水揚げされており、最近では体験地引き網にも力を入れています。 駅から南東約500mの「里外神社」は“岡田の恵比須さん”とも呼ばれています。

吉見ノ里

吉見ノ里

大正4年(1915)10月、田尻町吉見に開業しました。地元の田尻漁港の名物行事、日曜朝市でにぎわいます。 ここは泉州タマネギ発祥の地で、明治18年(1885)に地元の今井佐治平、大門久三郎、道浦吉平らが横浜からタマネギの種子を取り寄せ、干ばつと水害に悩む農家に奨励したことから、町内の春日神社境内に「泉州珠葱栽培之祖」碑に功績をたたえた碑文が刻まれています。 戦後、昭和48年(1973)に廃止されるまで、紡績の原料・製品の貨物輸送や紡績工場従業員の荷物受け渡しなどが盛んに行われました。

三日市町

三日市町

長野(現・河内長野)駅から当駅まで開通した大正3年(1914)10月に開業しました。翌年に橋本駅まで開通するまでこの地は高野詣りの宿場町でした。 駅名にもなっている「三日市」の地名は、かつて毎月3日に市が開かれたのがその名の由来といわれています。 橋上駅舎は昭和48年(1973)8月、高野線複線化工事の一環として完成。翌年3月に河内長野~三日市町間が複線化されました。 北東約3キロの延命寺は紅葉の名所として知られ、徒歩約40分で行けることからハイキングコースとしても親しまれています。

汐見橋

汐見橋

高野鉄道当時の明治33年(1900)8月に汐見橋~堺東間が開通し、翌月に営業を開始しました。 当初の駅名は「道頓堀駅」でしたが、駅の北側、西道頓堀川に架かっている橋の名にちなんで現在の駅名となり、大正14年(1925)3月に高野線と南海本線の連絡線ができるまで、高野山方面(高野下まで)への直通運転はすべて同駅を発着していました。 その後、大阪市内の交通事情の変化などに伴って、岸里玉出駅までの折り返し運転のみとなりました。 駅周辺の神社仏閣では、豊受皇大神ほか三神が祀られている「赤手拭稲荷神社」が有名です。上方落語「ぞろぞろ」の舞台として知られています。

深井

深井

昭和46年(1971)年4月1日に開業した深井駅は、堺市中区にあり、中区唯一の駅です。 泉北ニュータウンの手前に位置するため、他の駅とは少し異なる雰囲気を持っており、飲食店や冠婚葬祭施設も多く見られます。 高架駅で、高架下にはショッピングゾーン「深井プラザ」があります。

井原里

井原里

鶴原駅と泉佐野駅の間には、鶴原地区のほか下瓦屋、湊、中庄、上瓦屋などに古くからの住区があり、ワイヤーロープなど鋼線関係の工場が点在していたこともあり、昭和27年(1952)4月、両駅の中間に開業しました。 山手の上瓦屋地区が昔、井原庄と呼ばれていたところから駅名に採用されました。 中庄にある奈加美神社は平安時代初期の創建と伝えられています。旧社名は大宮神社でしたが、中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取って三町合同の願いをこめて現在の名前になったといいます。本殿は華麗な彩色の三間社流造で大阪府の指定文化財となっています。

二色浜

二色浜

昭和8年(1933)、南海鉄道は“第二の浜寺”をめざして二色の浜海岸に「海浜村」を開設しました。 200人収容の「汀の家」を建て、宿泊施設のある海水浴場として人気を呼びました。 その最寄り駅として昭和11年(1936)6月、夏期だけ営業の臨時駅を開設。2年後の昭和13年(1938)9月に常設駅となりました。駅名の「二色」は“白砂青松”の浜辺を表したもの。 駅から二色の浜海水浴場へ行く途中、左手にある「八品神社」は、平安時代に製造が開始されたといわれる貝塚の特産品・近木櫛(和泉櫛)の櫛工たちが、守り神として創建したものといわれています。

堺

堺

当社の前身・阪堺鉄道が堺の吾妻橋まで路線を開通した明治21年(1888)5月に開業しました。 現在の南海堺駅ビルは平成9年(1997)12月に竣工したもので、地下1階、地上7階建てのうち、1~2階部分が駅施設として使用されています。 平成12年(2000)7月には、駅の北側に隣接する商業施設「プラットプラット」が開業。高さ18メートルのモニュメント「フェニックスアーチ」が一際目立つ東側駅前広場には、バスターミナルが整備されており、堺市の交通の要として機能しています。 平成13年(2001)の第2回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

高師浜

高師浜

羽衣~伽羅橋間開通の翌年、大正8年(1919)10月に開業しました。 高級住宅地として開発された周辺の街並みにあわせて、ステンドグラスを配した西洋風デザインの駅舎が建てられました。 西へ徒歩すぐの「大阪府立臨海スポーツセンター(りんスポ)」には、年中滑走可能なアイススケート場など様々なスポーツ施設が完備されています。 北東に位置する「高石神社」の社殿は寛永12年(1635)に再建されました。

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