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南海沿線のまち

美加の台

美加の台

高野線複線化工事の一環として建設が進められ、昭和59年(1984)9月、大規模住宅地「南海美加の台」の玄関口として開業しました。 1階がプラットホーム、2階が駅務室およびコンコースとなり、屋上に駅の出入り口を設け、乗降客は屋上から出入りするというユニークな設計となっています。 駅東側一帯の丘陵地に当社が開発を進めた「南海美加の台」は同年9月に分譲開始。歴史・自然風土を考慮し、豊富な緑と十分な都市施設を備えた居住性の高い街づくりによって河内長野市内で高い評価を得ています。

孝子

孝子

大正4年(1915)4月に開業した大阪府下最南端の駅。大阪府と和歌山県境の孝子峠を「第1孝子トンネル」が貫きます。 駅から約1.5キロほど離れた場所に2つの石碑があり、橘逸勢(たちばなはやなり)とその娘の墓と伝えられています。 平安初期の能書家である逸勢は“天下の三筆”と呼ばれました。 駅の南側、孝子2号踏切を渡ってすぐ左の道は飯盛山(標高385メートル)への登山コース。途中で左手に入って石段を登ると“孝子観音”と呼ばれる「高仙寺」があります。

紀伊清水

紀伊清水

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を合併した約3年後の大正14年(1925)3月に開業しました。 駅北側の「清水の街並み」は、平成9年(1997)に和歌山県ふるさと建築景観賞を受賞。重厚な瓦屋根や格子を持つ家屋が高野街道に沿って東西に軒を連ねており、高野山領最初の宿場町としての面影を今も残しています。 また、紀州へら竿の産地としても知られています。 駅から約500メートル東にある「三軒茶屋の大常夜燈籠」は、江戸時代に東家(紀州藩領)と三軒茶屋(高野山領)を結ぶ渡し場の位置を示すものとして、宝暦2年(1752)に造られました。

天見

浅香山

大正4年(1915)6月に開業しました。 駅名の由来は「浅香山」の地名。南北朝時代に南朝方の武将・浅香右近将監宗勝がこの地に築城したことから周辺の丘陵地を浅香山と呼ぶようになったと伝えられています。 現在の橋上駅舎は昭和49年(1974)7月に完成。 駅の東側にある「浅香山浄水場」は市の花木・ツツジの名所として知られ、約2300本のヒラドツツジが植えられている場内は「大阪みどりの百選」にも選ばれています。毎年見頃になると一般公開され、多くの人でにぎわいます。

津守

津守

大正2年(1913)2月開業の津守駅。 駅名にもなっている地名「津守」は、元禄期に2人の町人が木津川の寄州を幕府から買い取って開発した耕地「津守新田」が由来とされ、駅から約800メートル南にある津守小学校の校庭には、新田内の行政事務や年貢の取り締まりなどを行なっていた「津守新田会所跡」の石碑があります。 同校西側にある「津守神社」は津守新田が開発された頃に創設され、当初は五所神社や五社大明神、後には稲荷神社と呼ばれましたが、明治4年(1871)に津守神社と改称しました。 駅から少し歩いた先にある木津川には、今も橋の代わりに渡船が行きかい、市民の足となっています。

紀伊細川

紀伊細川

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)駅間の開通と同時に開業しました。難波方面の「入谷トンネル」と高野山方面の「細川トンネル」の間に位置します。駅から徒歩約7分の「八坂神社」は、弘仁年間(810~823)各地を修行中の弘法大師・空海がこの地に立ち寄られた際に、素盞嗚(すさのおの)命(みこと)を祀りました。駅から出合橋を渡って川沿いの谷道を上り、矢立を経由して高野山上を目指すルート(約9.9km・徒歩約3時間)は「高野山町石道」の短縮モデルコースとしてハイキングに利用されています。

和歌山大学前

和歌山大学前(ふじと台)

和歌山県や和歌山市など地元からの請願駅として平成24年(2012)4月に開業。 駅名は一般公募によるもので、駅の南東約2kmに位置し南海沿線を代表する大学の1つである「和歌山大学」の名称を駅名に冠することで南海本線のイメージアップが期待できることなどから「和歌山大学前」に決定しました。 また、和歌山市北部のニュータウン「ふじと台」の最寄り駅でもあり、副駅名にもなっています。

加太

加太

淡路・四国方面と本州を結ぶ連絡要港としての役割を担っていた加太から、和歌山市への連絡輸送を目的として、加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業しました。 軍需物資や兵員輸送にも利用されましたが、終戦後は主に行楽地への玄関口として親しまれるようになりました。 駅から徒歩約20分の「淡嶋神社」では、毎年3月3日に「雛流し」が行われ大勢のお客さまでにぎわいます。 「加太海水浴場」も同様に、夏には多くのお客さまがいらっしゃいます。 めでたいでんしゃで行く、幸せ満ちる加太さかな線の旅はいかがでしょうか。

三日市町

三日市町

長野(現・河内長野)駅から当駅まで開通した大正3年(1914)10月に開業しました。翌年に橋本駅まで開通するまでこの地は高野詣りの宿場町でした。 駅名にもなっている「三日市」の地名は、かつて毎月3日に市が開かれたのがその名の由来といわれています。 橋上駅舎は昭和48年(1973)8月、高野線複線化工事の一環として完成。翌年3月に河内長野~三日市町間が複線化されました。 北東約3キロの延命寺は紅葉の名所として知られ、徒歩約40分で行けることからハイキングコースとしても親しまれています。

千代田

千代田

昭和13年(1938)2月に開業しました。 昭和30年代以降に住宅開発が急速に進んだ河内長野市の中でも、当駅周辺は早くから宅地化が進みました。千代田車庫は昭和41年(1966)2月に竣工、千代田工場は昭和57年(1982)3月に操業開始しました。5万平方メートルの敷地内で車両の定期検査や改造工事などを行っています。 また、同工場は毎年秋に開催する「南海電車まつり」の会場にもなっています。 駅の南西に位置する「寺ヶ池公園」は、市内唯一の総合公園として市民に利用されています。

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