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南海沿線のまち

羽衣

羽衣

明治45年(1912)3月に開業しました。 千両松、白蛇の松とともに“浜寺三名松”と呼ばれた「羽衣の松」が駅名の由来といわれます。開業後、地名も今在家村から羽衣に改称されました。 明治6年(1873)に開設された「浜寺公園」の南部へは当駅が最寄りです。 平成28年(2016年)5月に下り線(関西空港・和歌山市方面)が、令和3年(2021年)5月に上り線(難波方面)が高架化、令和6年(2024年)4月に高師浜線が高架化されました。

紀伊清水

紀伊清水

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を合併した約3年後の大正14年(1925)3月に開業しました。 駅北側の「清水の街並み」は、平成9年(1997)に和歌山県ふるさと建築景観賞を受賞。重厚な瓦屋根や格子を持つ家屋が高野街道に沿って東西に軒を連ねており、高野山領最初の宿場町としての面影を今も残しています。 また、紀州へら竿の産地としても知られています。 駅から約500メートル東にある「三軒茶屋の大常夜燈籠」は、江戸時代に東家(紀州藩領)と三軒茶屋(高野山領)を結ぶ渡し場の位置を示すものとして、宝暦2年(1752)に造られました。

岡田浦

岡田浦

吉見ノ里駅の開業1ヵ月後の大正4年(1915)11月に開業しました。 駅名の由来となった旧海岸「岡田浦」は、かつて四国方面への海上交通の要所であったといわれています。 現代は、大理石の人口渚「マーブルビーチ」が、りんくうタウンの海岸線に沿って広がっています。 漁業のまちで、昭和26年(1951)に第1種漁港の指定を受けた「岡田浦漁港」は、アナゴなどの魚介類が年間300t近く水揚げされており、最近では体験地引き網にも力を入れています。 駅から南東約500mの「里外神社」は“岡田の恵比須さん”とも呼ばれています。

泉佐野

泉佐野

南海鉄道が堺~佐野(現・泉佐野)間を開通した明治30年(1897)10月に開業しました。 昭和40年(1965)10月に当社で唯一の地下駅舎に改造。南海本線(泉佐野市)連続立体交差事業によって、平成14年(2002)5月に上りホーム、平成17年(2005)11月に下りホームを高架化にしました。 美しい渓谷が“大阪みどりの百選”に選定されている「犬鳴山」へは駅前からバスに乗車。 通称・犬鳴山不動尊と呼ばれる「七宝瀧寺」や、関西国際空港から最も近い温泉とされる「犬鳴山温泉」などがあります。

伽羅橋

伽羅橋

大正7年(1918)10月開業の伽羅橋駅。周辺の高級住宅開発のために敷設された高師浜支線(現・高師浜線)は、翌年8月に高師浜駅まで開通しました。 昭和45年(1970)3月には、伽羅橋~高師浜間で交差する府道堺阪南線(当時の国道26号線)の交通渋滞を解消するため高架化され、その後令和6年(2024)4月、高師浜線全線が高架化されました。 駅名の由来となった「伽羅橋」は旧紀州街道の芦田川に架かっていた橋梁。元治2年(1865)に木製から石造りに付け替えられましたが、その石橋も昭和63年(1988)に堺泉北臨海コンビナートにある高砂公園に移設されました。

深日港

深日港

難読な地名として知られる、岬町の深日(ふけ)。「吹飯の浜」等、数々の詩に詠まれ、「万葉集」「新古今和歌集」等に登場しています。 深日港駅は多奈川線が開通した約4年後、深日港~淡路・四国連絡航路の開設に伴って昭和23年(1948)11月に開業しました。 駅名の由来となった「深日港」は大阪府が管理する8地方港湾の1つ。淡路連絡の急行「淡路号」が運行されていましたが、平成5年(1993)4月のダイヤ改正で廃止となりました。 岬町役場の最寄り駅。

九度山

九度山

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を同時に合併した2年後、大正13年(1924)12月に開業しました。 駅から徒歩約10分の「真田庵」(正式には善名称院)は、戦国武将の真田昌幸・幸村父子隠棲の屋敷跡として県の史跡に指定されており、毎年5月にこの辺一帯で「真田祭」が開催されます。「真田庵」からさらに徒歩約20分の「慈尊院(世界遺産)」は、弘法大師・空海の高野山開創に際して山麓の寺務所として建立されました。 慈尊院から「丹生官省符神社(世界遺産)」へ通じる石段の中間に町石があり、ここから高野山に至る約20キロの「町石道(世界遺産)」はかつて表参道として利用されました。

今宮戎

今宮戎

難波~浜寺公園間が電化された約1ヵ月半後の明治40年(1907)10月に開業しました。 また、難波~天下茶屋間高架複々線工事に伴ってホームを高架上に移設しました。 “えべっさん”で親しまれる「今宮戎神社」は駅のすぐ東側。1月9日(宵戎)から11日(残り戎)にかけて「十日戎」が行われ、10日の本戎に行われる「宝恵かご行列」では、複数の宝恵かごが大阪ミナミの繁華街を練り歩き、にぎやかに神社に参詣します。

北助松

北助松

沿線東側に建設が進められた公団助松団地の最寄り駅として、昭和32年(1957)12月に開業しました。 駅名に「北」が付けられているのは、開業当時、隣接する松ノ浜駅が「助松」という駅名であったためです。 駅のすぐ北西側にある「助松神社」は、8世紀中頃の称徳天皇の時代に創建されたものといわれており、境内には神鶏が放し飼いにされています。 さらに海岸寄りには、野球場や交通遊園、プールなどの施設を持つ「助松公園」があり、緑豊かな市民の憩いの場となっています。

紀伊細川

紀伊細川

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)駅間の開通と同時に開業しました。難波方面の「入谷トンネル」と高野山方面の「細川トンネル」の間に位置します。駅から徒歩約7分の「八坂神社」は、弘仁年間(810~823)各地を修行中の弘法大師・空海がこの地に立ち寄られた際に、素盞嗚(すさのおの)命(みこと)を祀りました。駅から出合橋を渡って川沿いの谷道を上り、矢立を経由して高野山上を目指すルート(約9.9km・徒歩約3時間)は「高野山町石道」の短縮モデルコースとしてハイキングに利用されています。

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