運行情報

南海アプリ
電車のリアルタイムな運行情報が取得できる公式アプリです。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

時刻

時
分

日付

駅名を入力してください。ローマ字・ひらがな・カタカナ・漢字で入力可能です。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

時刻

時
分

日付

駅名を入力してください。ローマ字・ひらがな・カタカナ・漢字で入力可能です。

出発駅

{{ station.displayName }}

到着駅

{{ station.displayName }}

最新情報

特急・観光列車

ショッピング・グルメ

南海沿線のまち

淡輪

淡輪

明治39年(1906)8月に簡易停車場として開業した淡輪駅は、明治43年(1910)に常設停車場となりました。 平成18年(2006)の工事で従来の赤い屋根からシックな黒にふき替えました。 海岸沿いには海洋訓練施設「府立青少年海洋センター」、常設ビーチバレー競技場「潮騒ビバレー」などがあります。また、海開き以降の「ときめきビーチ(淡輪海水浴場)」には多くの海水浴客でにぎわいます。

帝塚山

帝塚山

昭和9年(1934)12月に開業しました。 この地域には古くから豪族が住んでいたといわれ、明治から大正時代にかけて大阪府屈指の高級住宅地として発展しました。 東へ進み、阪堺電車・上町線を越えたあたりにある「万代池公園」は市民の憩いと散策の場となっており、万代池は墳墓の周濠であったといわれています。 駅の西側にある「帝塚山古墳」は、5,6世紀頃にこの地を支配していた大伴金村の墳墓と伝えられ、茶臼山(天王寺区)、御勝山(生野区)とともに大阪市の三大前方後円墳と呼ばれています。

岸和田

岸和田

南海鉄道当時の明治30年(1897)10月に開業しました。駅の高架化(南海本線岸和田市内連続立体交差工事)は昭和62年(1987)10月に着工。 駅の上に駐車場をつくるという、全国でも例のない駅部一体整備型連続立体交差事業として進められ、平成4年(1992)5月に上り線、2年後の7月に下り線が完成しました。 約300年の歴史と伝統を誇る「岸和田だんじり祭」は、岸和田藩主・岡部長泰が五穀豊穣を祈願して行った稲荷祭がその始まりと伝えられています。 滝と紅葉の名所・牛滝山へは駅前からバスに乗車。11月に「もみじまつり」が行われます。

八幡前

八幡前

加太軽便鉄道が和歌山口駅(紀ノ川西岸)~加太駅間を開通した明治45年(1912)6月に開業しました。 駅から北へ約1.5キロ進むと、駅名の由来となった「木本八幡宮」があります。応神天皇を祭神とする古社として地元の人々の尊崇が厚く、元和4年(1618)に再建された檜皮葺三間社流造の本殿が、和歌山県の重要文化財に指定されています。 毎年10月の例祭で奉納される「木ノ本の獅子舞」は、500年以上の伝統を持つ和歌山県の無形文化財。地上約5メートルの場所に渡した2本の青竹の上で勇壮な獅子舞が演じられます。

諏訪ノ森

諏訪ノ森

明治40年(1907)12月に開業しました。当時この辺りは船尾村と呼ばれ、その村社として、かつてあった諏訪神社が駅名の由来といわれています。 プラットホームは以前は相対式でしたが、下りホームの幅員を広くするため、昭和41年(1966)、下りホームのみ難波寄りに約60メートルずらして移設しました。 白砂青松の松林から続く海原の彼方に、遠く淡路島が描かれた5枚組ステンドグラスがはめ込まれた西駅舎は、平成10年(1998)9月、浜寺公園駅舎とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となりました。 平成15年(2003)の第4回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

中松江

中松江

明治45年(1912)6月、加太軽便鉄道の開設と同時に開業した中松江駅。 かつて海岸線が後退してできた細長い洲に松を植えて風や潮を防ぎ、洲と陸地の間が入り江になっていたところから「松江」の地名が付いたといわれています。 駅の北側約1.5kmに位置する「釜山古墳群」は、釜山古墳、茶臼山古墳、国内で唯一金の勾玉が発掘された車駕之古址古墳(しゃかのこしこふん)の3基が東西に並び、和歌山県の史跡に指定されています。 駅から南へすぐの「春日神社」は、かつて南東約100mにあり「南海神社」と称しましたが、津波にあったため現在地に遷座したといわれています。

伽羅橋

伽羅橋

大正7年(1918)10月開業の伽羅橋駅。周辺の高級住宅開発のために敷設された高師浜支線(現・高師浜線)は、翌年8月に高師浜駅まで開通しました。 昭和45年(1970)3月には、伽羅橋~高師浜間で交差する府道堺阪南線(当時の国道26号線)の交通渋滞を解消するため高架化され、その後令和6年(2024)4月、高師浜線全線が高架化されました。 駅名の由来となった「伽羅橋」は旧紀州街道の芦田川に架かっていた橋梁。元治2年(1865)に木製から石造りに付け替えられましたが、その石橋も昭和63年(1988)に堺泉北臨海コンビナートにある高砂公園に移設されました。

紀ノ川

紀ノ川

南海鉄道が紀の川北岸まで延伸された明治31年(1898)10月に「和歌山北口駅」として開業しました。 明治36年(1903)3月、和歌山市駅までの延伸に伴って北口駅は廃止となり、現在位置に移設され「紀ノ川駅」となりました。 昭和19年(1944)10月には東松江駅とつながって加太線との接続駅となります。 駅名の由来でもある1級河川「紀の川」は、大台ケ原を源流として延長120キロ以上に及びます。 秋の味覚シーズンには、みかん狩りハイキングを楽しむ人が多く見られます。

和歌山大学前

和歌山大学前(ふじと台)

和歌山県や和歌山市など地元からの請願駅として平成24年(2012)4月に開業。 駅名は一般公募によるもので、駅の南東約2kmに位置し南海沿線を代表する大学の1つである「和歌山大学」の名称を駅名に冠することで南海本線のイメージアップが期待できることなどから「和歌山大学前」に決定しました。 また、和歌山市北部のニュータウン「ふじと台」の最寄り駅でもあり、副駅名にもなっています。

羽衣

羽衣

明治45年(1912)3月に開業しました。 千両松、白蛇の松とともに“浜寺三名松”と呼ばれた「羽衣の松」が駅名の由来といわれます。開業後、地名も今在家村から羽衣に改称されました。 明治6年(1873)に開設された「浜寺公園」の南部へは当駅が最寄りです。 平成28年(2016年)5月に下り線(関西空港・和歌山市方面)が、令和3年(2021年)5月に上り線(難波方面)が高架化、令和6年(2024年)4月に高師浜線が高架化されました。

私たちの事業について