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南海沿線のまち

初芝

初芝

明治31年(1898)3月に「西村駅」として開業しました。 昭和9年(1934)、南海鉄道が住宅経営を企画し、その経営地として西村駅前の土地4万2千坪が決まりました。 新住宅地を大々的に売り出すためには、PRとイメージチェンジが必要であることから、新しい駅名を社内募集し「初芝」が選ばれました。 翌年、上下ホームを結ぶ地下道も新設され、住宅地の売り出しと同時に初芝駅として再スタートしました。

鶴原

鶴原

大正5年(1916)5月に開業しました。海が近く、かつて漁業が盛んなまちでした。 構内には昭和29年(1954)に殉職した駅掌を弔うために建立された地蔵菩薩があります。 駅から南西約300mにある「加支多神社」はかつて市杵島神社と呼ばれ、市杵島姫命を祭っていました。楠氏の臣・勝間某が敗戦の際、祭神を背負って当時の豪家・新川氏に奉祀を依頼したことが由来とされています。 ここからさらに南東の貝田交差点付近には、平安末期から鎌倉時代にかけて熊野古道沿いに創建された九十九王子の1つ「貝田王子」(別称・鶴原王子)があったといわれています。

和歌山港

和歌山港

昭和46年(1971)3月、築港町(旧和歌山港)駅~水軒駅間の延長工事が完成し、フェリーが就航する和歌山本港前に当駅を開設しました。 昭和60年(1985)11月から、旧1000系の四国連絡特急「四国号」に代わって10000系特急車両「サザン」の運転を開始。平成14年(2002)5月に和歌山港駅~水軒駅間を廃止して以降、和歌山港線の終点となりました。 高台の駅ホームから一望できるサンセットビューは、時間を忘れるほどの絶景です。

紀ノ川

紀ノ川

南海鉄道が紀の川北岸まで延伸された明治31年(1898)10月に「和歌山北口駅」として開業しました。 明治36年(1903)3月、和歌山市駅までの延伸に伴って北口駅は廃止となり、現在位置に移設され「紀ノ川駅」となりました。 昭和19年(1944)10月には東松江駅とつながって加太線との接続駅となります。 駅名の由来でもある1級河川「紀の川」は、大台ケ原を源流として延長120キロ以上に及びます。 秋の味覚シーズンには、みかん狩りハイキングを楽しむ人が多く見られます。

紀伊清水

紀伊清水

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を合併した約3年後の大正14年(1925)3月に開業しました。 駅北側の「清水の街並み」は、平成9年(1997)に和歌山県ふるさと建築景観賞を受賞。重厚な瓦屋根や格子を持つ家屋が高野街道に沿って東西に軒を連ねており、高野山領最初の宿場町としての面影を今も残しています。 また、紀州へら竿の産地としても知られています。 駅から約500メートル東にある「三軒茶屋の大常夜燈籠」は、江戸時代に東家(紀州藩領)と三軒茶屋(高野山領)を結ぶ渡し場の位置を示すものとして、宝暦2年(1752)に造られました。

木津川

木津川

高野鉄道の道頓堀駅~大小路駅間(現・汐見橋駅~堺東駅間)が開通した明治33年 (1900)9月、水陸運輸の連絡の要地として開業しました。 この辺りは、かつて聖徳太子が四天王寺を造営した際に、諸国から用材を集積したことから「木津」と呼ばれるようになったといいます。 駅名にもなっている河川「木津川」は、土佐堀川から分岐して大阪湾に注いでおり、水深に恵まれ古くから船舶の航行が盛んでした。 木津川には、船の運航を妨げないよう、日本では珍しいアーチ型の水門がかかっています。

三日市町

三日市町

長野(現・河内長野)駅から当駅まで開通した大正3年(1914)10月に開業しました。翌年に橋本駅まで開通するまでこの地は高野詣りの宿場町でした。 駅名にもなっている「三日市」の地名は、かつて毎月3日に市が開かれたのがその名の由来といわれています。 橋上駅舎は昭和48年(1973)8月、高野線複線化工事の一環として完成。翌年3月に河内長野~三日市町間が複線化されました。 北東約3キロの延命寺は紅葉の名所として知られ、徒歩約40分で行けることからハイキングコースとしても親しまれています。

岸里玉出

岸里玉出

萩ノ茶屋~玉出間の高架化に伴い、平成5年(1993)4月、岸ノ里駅と玉出駅を移設統合し、駅名が「岸里玉出」となりました。 岸ノ里駅は大正2年(1913)7月、玉出駅は明治40年(1907)10月に開業しています。 駅の南西約600メートルには「生根神社」があり、7月24日・25日の夏祭りに出される「だいがく」(高さ約20メートルの柱に79個の提灯をつけた山笠)が、民俗資料として府の有形文化財に指定されています。

紀見峠

紀見峠

岩湧山への登山口としてハイカーの利用が多い当駅は、大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の由来となった「紀見峠」は駅から約1.5キロ北に位置し、高野街道の重要な通過点として、江戸時代には宿場町として賑わいました。 上り線の紀見トンネル(1,561メートル)は、高野鉄道が明治33年(1900)に堀削開始した工事を高野登山鉄道が引き継ぎ、大正3年(1914)11月にようやく完成しました。 下り線の新紀見トンネル(1,853メートル)は、昭和47年(1972)に着手した河内長野~橋本間の複線化工事に伴って昭和48年(1973)5月に堀削を開始し、昭和51年(1976)4月に使用を開始しました。

滝谷

滝谷

高野鉄道の狭山駅~長野駅間が開通した明治31年(1898)3月、東へ約3キロの位置にある「瀧谷不動明王寺」への参詣駅として開業しました。 明治35年(1902)3月に河南鉄道の滝谷不動駅(現・近鉄長野線)が開業するまで最寄り駅として利用されました。 眼病平癒で有名な瀧谷不動は、弘仁12年(821)弘法大師開創と伝えられ、毎月28日の縁日には大勢の参詣客でにぎわいます。 駅から東へ徒歩約20分の「錦織公園」は、野山や池などをそのまま生かした自然公園で、野鳥や草花の観察に適しています。 当社線で唯一の富田林市内にある駅です。

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