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南海沿線のまち

紀伊清水

紀伊清水

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を合併した約3年後の大正14年(1925)3月に開業しました。 駅北側の「清水の街並み」は、平成9年(1997)に和歌山県ふるさと建築景観賞を受賞。重厚な瓦屋根や格子を持つ家屋が高野街道に沿って東西に軒を連ねており、高野山領最初の宿場町としての面影を今も残しています。 また、紀州へら竿の産地としても知られています。 駅から約500メートル東にある「三軒茶屋の大常夜燈籠」は、江戸時代に東家(紀州藩領)と三軒茶屋(高野山領)を結ぶ渡し場の位置を示すものとして、宝暦2年(1752)に造られました。

高野山

高野山

四季を通じて全国各地から参拝客が訪れる世界遺産“高野山"の玄関口。 高野山電気鉄道当時の昭和5年(1930)6月に開業し、高野山開創1150年祭を翌年にひかえた昭和39年(1964)12月、輸送力増強のためケーブルカーの2両連結運転を開始しました。 プラットホームはコンクリート製の階段になっており、駅の地下室に据えられた出力400キロワットの巻上機2台でケーブルカーを上下に動かしています(運転速度は秒速3メートル)。標高867メートルに位置し、駅前と山内各所をバスで結ぶ、当社の代表的な観光駅です。

天下茶屋

天下茶屋

明治18年(1885)12月に開業しました。 その昔、豊臣秀吉が堺や住吉大社へ行き来する途中、この地に立ち寄って茶の湯を楽しんだことから「殿下茶屋(天下茶屋)」と呼ばれるようになったと伝えられています。 阪堺線天神ノ森駅の西側に「天下茶屋跡」があります。かつては 難波を出て最初の停車場が当駅でした。 明治33年(1900)10月には天王寺支線が開通して起点となりましたが、Osaka Metro堺筋線の延伸区間が開通した翌月、平成5年(1993)4月に同支線を廃止しました。

深日町

深日町

昭和19年(1944)5月、多奈川支線の開通と同時に開業しました。 当時は南海本線の南淡輪駅(現・みさき公園駅)~孝子駅間に「深日駅」がありましたが、当駅が開業したこともあって昭和33年(1958)4月に廃止となりました。 駅から約300メートル北東に位置する「国玉神社」は、大国魂大神(おおくにたまおおかみ)と賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)を祭神とする延喜式内(えんぎしきない)の古社で、樹木がうっそうとした境内には清浄さが漂っています。 駅からロータリーを越えて南側に位置する「宝樹寺」は別名「化石寺」と呼ばれ、付近の海底や地中から発見されたナウマンゾウの化石や鑑賞石などを多数展示しています。 毎年10月に行われる「深日漁港ふれあいフェスタ」は、大阪府内の漁港で開かれる催しとして最大級の規模を誇ります。

白鷺

白鷺

昭和24年(1949)7月、この地の北側に「中百舌鳥運動場前駅」が開設されましたが9年後に廃止。その後、公団白鷺団地が造成されたのに伴い、昭和39年(1964)5月に当駅を開業しました。 かつて沿線の田園に白鷺の群が多く見られたことが団地および駅名の由来です。 駅の北西約1.1キロに位置する「金岡神社」は、平安時代初期の仁和年間(885年頃)、庶民の安全と五穀豊穣を祈願するため、住吉大神を祀って創建したと伝えられています。

羽倉崎

羽倉崎

旧陸軍の飛行場を建設するために動員された人々や建設機材を輸送するため、昭和17年(1942)2月に開業しました。 この付近の海岸はかつて「筥(はこ)浦崎(うらざき)」と呼ばれていましたが転訛して羽倉崎になったと伝えられ、駅名はその地名から付けられました。 隣接する羽倉崎車庫は昭和30年(1955)8月に竣工し、現在は170両の収容が可能。 駅の東側に位置する末広公園は、市民総合体育館や健康増進センター、グラウンドなど公共スポーツ施設が充実しています。 駅から南東約2キロの蟻通神社は「紀貫之集」や「枕草子」などにその名の由来が述べられています。

淡輪

淡輪

明治39年(1906)8月に簡易停車場として開業した淡輪駅は、明治43年(1910)に常設停車場となりました。 平成18年(2006)の工事で従来の赤い屋根からシックな黒にふき替えました。 海岸沿いには海洋訓練施設「府立青少年海洋センター」、常設ビーチバレー競技場「潮騒ビバレー」などがあります。また、海開き以降の「ときめきビーチ(淡輪海水浴場)」には多くの海水浴客でにぎわいます。

天見

天見

三日市町~橋本間が開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅の西側には河内長野市内最古の温泉と言われる天見温泉がわき、古くから温泉郷として栄えています。 この地は「南天の里」と呼ばれるほど南天の多いところであり、家の周りや石垣、畑などで数多く栽培されています。花の時期は6月から7月で、12月頃になると真っ赤な実をつけ、正月用切花や薬用として用いられます。

吉見ノ里

吉見ノ里

大正4年(1915)10月、田尻町吉見に開業しました。地元の田尻漁港の名物行事、日曜朝市でにぎわいます。 ここは泉州タマネギ発祥の地で、明治18年(1885)に地元の今井佐治平、大門久三郎、道浦吉平らが横浜からタマネギの種子を取り寄せ、干ばつと水害に悩む農家に奨励したことから、町内の春日神社境内に「泉州珠葱栽培之祖」碑に功績をたたえた碑文が刻まれています。 戦後、昭和48年(1973)に廃止されるまで、紡績の原料・製品の貨物輸送や紡績工場従業員の荷物受け渡しなどが盛んに行われました。

上古沢

上古沢

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下駅~神谷(現・紀伊神谷)駅間の開通と同時に開業しました。 駅の西側から不動谷川を渡ってさらに進むと「高野山町石道(世界遺産)」へと通じています。ハイキングコースとして九度山の「慈尊院(世界遺産)」から町石をたどりながら「丹生都比売(にうつひめ)神社(世界遺産)」(伊都郡かつらぎ町)を訪ね、笠木峠を越えて当駅や高野山上まで踏破する方も数多くいらっしゃいます。朱塗りの太鼓橋と杉木立の緑とのコントラストが鮮やかな「丹生都比売(にうつひめ)神社」は、少なくとも1700年前の創建と伝えられています。

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