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南海沿線のまち

新今宮

新今宮(#まいど通天閣)

昭和30年代から、沿線郊外の住宅化が急激に進み、通勤旅客が増加したことで難波駅が飽和状態に。そこで国鉄大阪環状線(当時)との連絡によって難波駅の混雑緩和を図るため、昭和41年(1966)12月に当駅は開業しました。 当駅を降りるとそこは、ディープな魅力満載の新世界のまち。 駅の北東にそびえる「通天閣」は、昭和31年(1956)に再建された2代目。初代は明治45年(1912)に建設され、戦時中の昭和18年(1943)に軍需用の鉄材として解体されています。

沢ノ町

沢ノ町

昭和17年(1942)2月に開業しました。 駅名は当時の町名「沢之町」から付けられましたが、同年に町の一部が殿辻町(現・住吉区殿辻)に町名変更されました。 駅と住吉大社のほぼ中間に位置する住吉行宮跡は、正平7年(文和元年・1352)に住吉大社宮司・津守氏邸内の正印殿に移った後村上天皇が、ここを行宮(行幸時の仮宮居)とし、次の長慶天皇が即位した地としても知られています。 「万葉集」でその情景が歌われた細江川は、上流約600メートルの区間が「細江川のせせらぎ」として整備されており、初夏には住吉区の花・かきつばたも見ることができます。

天見

天見

三日市町~橋本間が開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅の西側には河内長野市内最古の温泉と言われる天見温泉がわき、古くから温泉郷として栄えています。 この地は「南天の里」と呼ばれるほど南天の多いところであり、家の周りや石垣、畑などで数多く栽培されています。花の時期は6月から7月で、12月頃になると真っ赤な実をつけ、正月用切花や薬用として用いられます。

芦原町

芦原町

高野鉄道が開業した12年後の大正元年(1912)11月に開業しました。駅名は当時の所在地名「難波芦原町」が由来とされています。 芦原町駅近くには、南海電鉄で一番幅の広い踏切があります。 駅から約500m北西にある「大浪橋」は昭和12年(1937)に完成。大きな帆船が頻繁に通るため橋脚がなく、木津川をまたぐように架けられています(橋長81.5m)。

諏訪ノ森

諏訪ノ森

明治40年(1907)12月に開業しました。当時この辺りは船尾村と呼ばれ、その村社として、かつてあった諏訪神社が駅名の由来といわれています。 プラットホームは以前は相対式でしたが、下りホームの幅員を広くするため、昭和41年(1966)、下りホームのみ難波寄りに約60メートルずらして移設しました。 白砂青松の松林から続く海原の彼方に、遠く淡路島が描かれた5枚組ステンドグラスがはめ込まれた西駅舎は、平成10年(1998)9月、浜寺公園駅舎とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となりました。 平成15年(2003)の第4回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

みさき公園

みさき公園

昭和13年(1938)7月に開業しました。もとは「南淡輪駅」として開業。 昭和19年(1944)6月に多奈川支線(当時)との連絡駅として現在位置に移設され、昭和32年(1957)1月、遊園地「みさき公園」の開業(同年4月)を前に改名されました。令和2年(2020)3月に営業終了するまで、「みさき公園」の玄関口として、行楽の家族連れでにぎわいました。現在「みさき公園」は、「岬町立みさき公園」となっています。 駅舎は平成2年(1990)に改装され、海をイメージさせるヨットのデザインを取り入れ、紺と白を基調とした外装と熱線反射ガラスの採用によって、開放的な外観となりました。平成14年(2002)の第3回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれています。

三日市町

三日市町

長野(現・河内長野)駅から当駅まで開通した大正3年(1914)10月に開業しました。翌年に橋本駅まで開通するまでこの地は高野詣りの宿場町でした。 駅名にもなっている「三日市」の地名は、かつて毎月3日に市が開かれたのがその名の由来といわれています。 橋上駅舎は昭和48年(1973)8月、高野線複線化工事の一環として完成。翌年3月に河内長野~三日市町間が複線化されました。 北東約3キロの延命寺は紅葉の名所として知られ、徒歩約40分で行けることからハイキングコースとしても親しまれています。

泉大津

泉大津

堺駅~佐野(現・泉佐野)駅間が開通した明治30年(1897)10月に「大津」として開業。 昭和17年(1942)4月の市制施行に伴って「泉大津」と改称しました。 駅の東側にあるショッピングセンター「いずみおおつCITY」は平成6年(1994)9月、複合都市施設「アルザ泉大津」内に開業。ファッション、雑貨、飲食などの専門店が入店しています。 さらに東へ進むと「織編館」があります。泉大津は国産毛布の90%以上が生産される日本一の毛布のまち。毛布の歴史や技術を紹介するとともに、世界の織物や民俗衣装なども展示しています。

紀見峠

紀見峠

岩湧山への登山口としてハイカーの利用が多い当駅は、大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の由来となった「紀見峠」は駅から約1.5キロ北に位置し、高野街道の重要な通過点として、江戸時代には宿場町として賑わいました。 上り線の紀見トンネル(1,561メートル)は、高野鉄道が明治33年(1900)に堀削開始した工事を高野登山鉄道が引き継ぎ、大正3年(1914)11月にようやく完成しました。 下り線の新紀見トンネル(1,853メートル)は、昭和47年(1972)に着手した河内長野~橋本間の複線化工事に伴って昭和48年(1973)5月に堀削を開始し、昭和51年(1976)4月に使用を開始しました。

極楽橋

極楽橋

大正14年(1925)に始まった高野下駅~極楽橋駅間約10.3キロの線路延長工事は、山岳地帯のため難工事となり、昭和4年(1929)2月にようやく当駅が開業しました(ケーブルカーの開通は翌年6月)。 電車のホームとケーブルカー乗り場を結ぶ構内通路は、直下を流れる「不動谷川」に架かる橋の役割も果たしています。 駅から川沿いを下っていくと駅名の由来となった「極楽橋」があります。 昭和29年(1954)に架け替えられたこの橋を渡って「不動坂」を登り、高野山上の「女人堂」に出ることで、昔の高野詣りの風情を楽しむ方も多くいらっしゃいます。

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