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伽羅橋

伽羅橋

大正7年(1918)10月開業の伽羅橋駅。周辺の高級住宅開発のために敷設された高師浜支線(現・高師浜線)は、翌年8月に高師浜駅まで開通しました。 昭和45年(1970)3月には、伽羅橋~高師浜間で交差する府道堺阪南線(当時の国道26号線)の交通渋滞を解消するため高架化され、その後令和6年(2024)4月、高師浜線全線が高架化されました。 駅名の由来となった「伽羅橋」は旧紀州街道の芦田川に架かっていた橋梁。元治2年(1865)に木製から石造りに付け替えられましたが、その石橋も昭和63年(1988)に堺泉北臨海コンビナートにある高砂公園に移設されました。

美加の台

美加の台

高野線複線化工事の一環として建設が進められ、昭和59年(1984)9月、大規模住宅地「南海美加の台」の玄関口として開業しました。 1階がプラットホーム、2階が駅務室およびコンコースとなり、屋上に駅の出入り口を設け、乗降客は屋上から出入りするというユニークな設計となっています。 駅東側一帯の丘陵地に当社が開発を進めた「南海美加の台」は同年9月に分譲開始。歴史・自然風土を考慮し、豊富な緑と十分な都市施設を備えた居住性の高い街づくりによって河内長野市内で高い評価を得ています。

三国ヶ丘

三国ヶ丘

昭和15年(1940)12月、南海鉄道と阪和電気鉄道が合併し、阪和電鉄は南海山手線(現・JR阪和線)となりました。その2年後、同線と高野線の連絡駅として当駅が開業しました。 駅の西側に位置する「仁徳陵古墳」は国内最大の前方後円墳。世墳丘の全長が約486メートル、前方部の幅が約305メートルあり、エジプト・クフ王のピラミッドと、中国・秦の始皇帝陵とともに世界三大陵墓と呼ばれています。 令和元年(2019)には「百舌鳥・古市古墳群」の一部として世界遺産にも登録されています。同古墳の南側には「大仙公園」が広がり、園内には平和の塔をはじめ、都市緑化センターや日本庭園、堺市博物館など様々な施設があります。

東松江

東松江

明治45年(1912)6月、加太軽便鉄道が開通。電化に伴って加太電気鉄道と改称した昭和5年(1930)12月に当駅が開業しました。 加太電気鉄道は昭和17年(1942)2月、南海鉄道に吸収合併され、新たに加太線として運行を開始しました。 昭和19年(1944)10月、当駅と紀ノ川駅の間がつながって貨物列車を運行。 東松江は製鉄業がさかんなまちで、当駅を経由して住友金属工業和歌山製鉄所の貨物専用線で同社の原料や製品などを運搬していましたが、昭和59年(1984)2月、旧国鉄の貨物ダイヤ大幅削減に伴って貨物営業を廃止しました。

汐見橋

汐見橋

高野鉄道当時の明治33年(1900)8月に汐見橋~堺東間が開通し、翌月に営業を開始しました。 当初の駅名は「道頓堀駅」でしたが、駅の北側、西道頓堀川に架かっている橋の名にちなんで現在の駅名となり、大正14年(1925)3月に高野線と南海本線の連絡線ができるまで、高野山方面(高野下まで)への直通運転はすべて同駅を発着していました。 その後、大阪市内の交通事情の変化などに伴って、岸里玉出駅までの折り返し運転のみとなりました。 駅周辺の神社仏閣では、豊受皇大神ほか三神が祀られている「赤手拭稲荷神社」が有名です。上方落語「ぞろぞろ」の舞台として知られています。

高野下

高野下

高野詣の宿場町として栄えた椎出(しいで)に大正14年(1925)7月に開業しました。 当時高野山に最も近い駅であったことから「高野山駅」と付けられましたが、後に現在の駅名に改称されました。 駅の西側に位置する「椎出厳島(しいでいつくしま)神社」では、和歌山県の無形民俗文化財に指定されている勇壮でユーモラスな「鬼の舞」を毎年8月に開催し、五穀豊穣、悪疫払い、雨乞いなどを祈願しています。渓谷に沿って数多くのキャンプ場が点在する玉川峡(丹生川に一部区域)は、景勝地として県の名勝にも指定されており、行楽シーズンには家族連れや釣り人などでにぎわいます。

七道

七道

大正6年(1917)4月に開業しました。駅名の由来は「七道」という地名から。 七道駅前ロータリーには堺市指定有形文化財に指定される石碑「放鳥銃定限記碑」や、北旅籠町出身の河口慧海(1866~1945)の銅像が設置されています。 駅から東へ5分ほど歩くと「町家歴史館 清学院」(国登録有形文化財)と、令和6年3月に開館した「鉄炮鍛冶屋敷(町家歴史館 井上関右衛門家住宅)」(堺市指定有形文化財)があります。 駅の東側にある「高須神社」は、徳川家康に大量の鉄砲を納めた鉄砲鍛冶・芝辻理右衛門が、その功績からこの地を授けられ、鉄砲の繁栄を願って元和5年(1619)に建立したといわれています。

高師浜

高師浜

羽衣~伽羅橋間開通の翌年、大正8年(1919)10月に開業しました。 高級住宅地として開発された周辺の街並みにあわせて、ステンドグラスを配した西洋風デザインの駅舎が建てられました。 西へ徒歩すぐの「大阪府立臨海スポーツセンター(りんスポ)」には、年中滑走可能なアイススケート場など様々なスポーツ施設が完備されています。 北東に位置する「高石神社」の社殿は寛永12年(1635)に再建されました。

極楽橋

極楽橋

大正14年(1925)に始まった高野下駅~極楽橋駅間約10.3キロの線路延長工事は、山岳地帯のため難工事となり、昭和4年(1929)2月にようやく当駅が開業しました(ケーブルカーの開通は翌年6月)。 電車のホームとケーブルカー乗り場を結ぶ構内通路は、直下を流れる「不動谷川」に架かる橋の役割も果たしています。 駅から川沿いを下っていくと駅名の由来となった「極楽橋」があります。 昭和29年(1954)に架け替えられたこの橋を渡って「不動坂」を登り、高野山上の「女人堂」に出ることで、昔の高野詣りの風情を楽しむ方も多くいらっしゃいます。

みさき公園

みさき公園

昭和13年(1938)7月に開業しました。もとは「南淡輪駅」として開業。 昭和19年(1944)6月に多奈川支線(当時)との連絡駅として現在位置に移設され、昭和32年(1957)1月、遊園地「みさき公園」の開業(同年4月)を前に改名されました。令和2年(2020)3月に営業終了するまで、「みさき公園」の玄関口として、行楽の家族連れでにぎわいました。現在「みさき公園」は、「岬町立みさき公園」となっています。 駅舎は平成2年(1990)に改装され、海をイメージさせるヨットのデザインを取り入れ、紺と白を基調とした外装と熱線反射ガラスの採用によって、開放的な外観となりました。平成14年(2002)の第3回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれています。

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