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井原里

井原里

鶴原駅と泉佐野駅の間には、鶴原地区のほか下瓦屋、湊、中庄、上瓦屋などに古くからの住区があり、ワイヤーロープなど鋼線関係の工場が点在していたこともあり、昭和27年(1952)4月、両駅の中間に開業しました。 山手の上瓦屋地区が昔、井原庄と呼ばれていたところから駅名に採用されました。 中庄にある奈加美神社は平安時代初期の創建と伝えられています。旧社名は大宮神社でしたが、中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取って三町合同の願いをこめて現在の名前になったといいます。本殿は華麗な彩色の三間社流造で大阪府の指定文化財となっています。

箱作

箱作

明治31年(1898)10月に開業しました。 駅名の由来となった「箱作」の地名は諸説あり京都・賀茂神社改修の際に流した御霊箱がこの地の海岸にたどり着いたという「箱着里」が語源といわれています。 東側駅前の旧道を和歌山市方面へ500mほど進むと「加茂神社」があります。この地が上賀茂神社の荘園であった当時に創建されたと伝えられ、安土桃山時代に建てられた桧皮葺の本殿は、燈籠とともに大阪府の有形文化財に指定されています。府営公園「せんなん里海公園」に隣接する箱作海水浴場(ぴちぴちビーチ)の最寄り駅です。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

多奈川

多奈川

昭和19年(1944)5月、軍部の強い要請によって南海鉄道と関西急行鉄道が合併し「近畿日本鉄道」となりました。同時に、軍需工場の従業員や軍事関係者などの輸送を目的として多奈川支線が開通し、当駅が開業しました。 軍需工場は戦後に解体され、天然の良港としての条件を備えた海岸には関西電力多奈川火力発電所が建設されました。 「興善寺」「理智院」へは駅前からバスで約15分。興善寺の本尊・大日如来坐像は国の重要文化財に指定されており、理智院には秀吉の木像や秀頼幼少時の書「豊国大明神」など豊臣家ゆかりの品々が保存されています。

三国ヶ丘

三国ヶ丘

昭和15年(1940)12月、南海鉄道と阪和電気鉄道が合併し、阪和電鉄は南海山手線(現・JR阪和線)となりました。その2年後、同線と高野線の連絡駅として当駅が開業しました。 駅の西側に位置する「仁徳陵古墳」は国内最大の前方後円墳。世墳丘の全長が約486メートル、前方部の幅が約305メートルあり、エジプト・クフ王のピラミッドと、中国・秦の始皇帝陵とともに世界三大陵墓と呼ばれています。 令和元年(2019)には「百舌鳥・古市古墳群」の一部として世界遺産にも登録されています。同古墳の南側には「大仙公園」が広がり、園内には平和の塔をはじめ、都市緑化センターや日本庭園、堺市博物館など様々な施設があります。

和歌山市

和歌山市

紀ノ川橋梁(現在の上り線)が架橋された明治36年(1903)3月に開業し、平成15年(2003)で100周年を迎えました。 初代駅舎は昭和20年(1945)7月の空襲で焼失、昭和30年(1955)に2代目駅舎、昭和48年(1973)には3代目駅舎、そして、4代目駅舎となる現在の「キーノ和歌山」は令和2年(2020)6月にグランドオープン。商業施設・ホテル・オフィス・図書館等から構成される和歌山市の新しい玄関口として、地域の発展に貢献しています。 加太さかな線を走るめでたいでんしゃへの乗り換えにも便利です。

松ノ浜

松ノ浜

大正3年(1914)12月に開業しました。当時の駅名は「助松」で、昭和35年(1960)12月に「松ノ浜」と改称しました。 駅の南東約1.2kmにある「曽禰神社」は、泉大津市内で最古の神社と伝えられています。 同神社が位置する曽根町から、和泉市池上町にかけて広がる弥生時代の大集落遺跡「池上曽根遺跡」は、昭和51年(1976)に国の史跡に指定されました。池上遺跡史跡公園内には「池上曽根弥生情報館」「池上曽根弥生学習館」があり、隣接する「大阪府立弥生文化博物館」では弥生文化に関する資料と情報を収集・保存・研究・展示しています。

深日港

深日港

難読な地名として知られる、岬町の深日(ふけ)。「吹飯の浜」等、数々の詩に詠まれ、「万葉集」「新古今和歌集」等に登場しています。 深日港駅は多奈川線が開通した約4年後、深日港~淡路・四国連絡航路の開設に伴って昭和23年(1948)11月に開業しました。 駅名の由来となった「深日港」は大阪府が管理する8地方港湾の1つ。淡路連絡の急行「淡路号」が運行されていましたが、平成5年(1993)4月のダイヤ改正で廃止となりました。 岬町役場の最寄り駅。

孝子

孝子

大正4年(1915)4月に開業した大阪府下最南端の駅。大阪府と和歌山県境の孝子峠を「第1孝子トンネル」が貫きます。 駅から約1.5キロほど離れた場所に2つの石碑があり、橘逸勢(たちばなはやなり)とその娘の墓と伝えられています。 平安初期の能書家である逸勢は“天下の三筆”と呼ばれました。 駅の南側、孝子2号踏切を渡ってすぐ左の道は飯盛山(標高385メートル)への登山コース。途中で左手に入って石段を登ると“孝子観音”と呼ばれる「高仙寺」があります。

湊

湊

南海鉄道当時の明治40年(1907)10月に開業しました。 所在地である出島町が、古くから「湊村」と呼ばれていたことが駅名の由来といわれています。江戸時代には「湊紙」と「壺塩」の産地で知られました。 駅の付近には、かつて田畑に利用していた井戸から水をくみ上げるための風車が林立していました。都心に近いこともあり、昭和30年代から住宅地が増え始め、現在では見られなくなってしまいました。

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