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南海沿線のまち

新今宮

新今宮(#まいど通天閣)

昭和30年代から、沿線郊外の住宅化が急激に進み、通勤旅客が増加したことで難波駅が飽和状態に。そこで国鉄大阪環状線(当時)との連絡によって難波駅の混雑緩和を図るため、昭和41年(1966)12月に当駅は開業しました。 当駅を降りるとそこは、ディープな魅力満載の新世界のまち。 駅の北東にそびえる「通天閣」は、昭和31年(1956)に再建された2代目。初代は明治45年(1912)に建設され、戦時中の昭和18年(1943)に軍需用の鉄材として解体されています。

九度山

九度山

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を同時に合併した2年後、大正13年(1924)12月に開業しました。 駅から徒歩約10分の「真田庵」(正式には善名称院)は、戦国武将の真田昌幸・幸村父子隠棲の屋敷跡として県の史跡に指定されており、毎年5月にこの辺一帯で「真田祭」が開催されます。「真田庵」からさらに徒歩約20分の「慈尊院(世界遺産)」は、弘法大師・空海の高野山開創に際して山麓の寺務所として建立されました。 慈尊院から「丹生官省符神社(世界遺産)」へ通じる石段の中間に町石があり、ここから高野山に至る約20キロの「町石道(世界遺産)」はかつて表参道として利用されました。

和泉大宮

和泉大宮

昭和12年(1937)4月に開業しました。「和泉大宮」の駅名は、北東約600mに位置する「兵主(ひょうず)神社」が「大宮」と呼ばれることに由来しています。 兵主神社は、桃山時代に建設された三間社・流造・桧皮葺の本殿が国の重要文化財に指定されており、社宝として伝えられている室町から江戸前期の能面9面は、雨乞いの際に演じられた能に用いられたため「雨降りの面」と呼ばれています。 駅の北西約1.2kmに位置する「岸和田漁港」は、昭和41年(1966)に完成したもの。あぐり網(イワシきんちゃく網)漁業を中心に、大阪府下でトップクラスの水揚量を誇ります。

紀伊細川

紀伊細川

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)駅間の開通と同時に開業しました。難波方面の「入谷トンネル」と高野山方面の「細川トンネル」の間に位置します。駅から徒歩約7分の「八坂神社」は、弘仁年間(810~823)各地を修行中の弘法大師・空海がこの地に立ち寄られた際に、素盞嗚(すさのおの)命(みこと)を祀りました。駅から出合橋を渡って川沿いの谷道を上り、矢立を経由して高野山上を目指すルート(約9.9km・徒歩約3時間)は「高野山町石道」の短縮モデルコースとしてハイキングに利用されています。

忠岡

忠岡

大正14年(1925)7月に開業しました。駅名は地名から。 源平の時代に源氏方の今井五郎兼滋がこの地へ攻めてきた際、忠度の子・忠行が父を紀州方面へ逃し、今井勢をくい止め戦死しました。哀れんだ村人たちが手厚く葬り、丘を築いて「忠行の丘」と呼んだのが地名の由来といわれています。 駅から徒歩約5分の「永福寺」には、境内にビャクシン(ヒノキの仲間)があり、大阪府の天然記念物に指定されています。 東洋美術品を公開している「正木美術館」へは徒歩約15分。収蔵品は国宝3点、重要文化財12点を含め約1,200点を数え、東洋古美術の多彩な分野に及びます。

住吉東

住吉東

住吉大社の裏門にあたる高野線の最寄り駅として、高野鉄道当時の明治33年(1900)9月に開業しました。 駅構内は複々線となっており、高野線の円滑な運行を支えています。駅から難波方面へ進むと、天王寺駅前と浜寺駅前を結ぶ阪堺電気軌道上町線が線路上を交差しており、築堤上に神ノ木停車場があります。 住吉大社へは駅の西側を徒歩で約5分。境内に入ると、第1本宮の裏に樹齢千年以上の楠と「南珺社」があります。毎月はじめの辰の日が例祭日であることから「初辰さん」と呼ばれ、初辰の日には商売繁盛・家内安全・除災招福を祈願する人でにぎわいます。

高師浜

高師浜

羽衣~伽羅橋間開通の翌年、大正8年(1919)10月に開業しました。 高級住宅地として開発された周辺の街並みにあわせて、ステンドグラスを配した西洋風デザインの駅舎が建てられました。 西へ徒歩すぐの「大阪府立臨海スポーツセンター(りんスポ)」には、年中滑走可能なアイススケート場など様々なスポーツ施設が完備されています。 北東に位置する「高石神社」の社殿は寛永12年(1635)に再建されました。

和歌山市

和歌山市

紀ノ川橋梁(現在の上り線)が架橋された明治36年(1903)3月に開業し、平成15年(2003)で100周年を迎えました。 初代駅舎は昭和20年(1945)7月の空襲で焼失、昭和30年(1955)に2代目駅舎、昭和48年(1973)には3代目駅舎、そして、4代目駅舎となる現在の「キーノ和歌山」は令和2年(2020)6月にグランドオープン。商業施設・ホテル・オフィス・図書館等から構成される和歌山市の新しい玄関口として、地域の発展に貢献しています。 加太さかな線を走るめでたいでんしゃへの乗り換えにも便利です。

湊

湊

南海鉄道当時の明治40年(1907)10月に開業しました。 所在地である出島町が、古くから「湊村」と呼ばれていたことが駅名の由来といわれています。江戸時代には「湊紙」と「壺塩」の産地で知られました。 駅の付近には、かつて田畑に利用していた井戸から水をくみ上げるための風車が林立していました。都心に近いこともあり、昭和30年代から住宅地が増え始め、現在では見られなくなってしまいました。

北野田

北野田

高野登山鉄道当時の大正3年(1914)8月に開業しました。 現在の橋上駅舎は昭和45年(1970)5月に完成しました。 駅を西へ進むと、昭和初期に高級住宅地として開発された「大美野住宅地」があり、ロータリーを中心に放射状に広がる街区が「堺市景観賞」(まち部門)に選ばれています。駅から約300メートル高野山方面の線路脇に「野田城址」の標柱が建てられており、かつてこの辺りに楠木正成の部将・野田正勝が築いた野田城があったことを示しています。 駅から約1.5キロ東に位置する「菅生神社」の境内には、菅原道真公が生誕したといわれる伝承地があります。

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