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南海沿線のまち

上古沢

上古沢

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下駅~神谷(現・紀伊神谷)駅間の開通と同時に開業しました。 駅の西側から不動谷川を渡ってさらに進むと「高野山町石道(世界遺産)」へと通じています。ハイキングコースとして九度山の「慈尊院(世界遺産)」から町石をたどりながら「丹生都比売(にうつひめ)神社(世界遺産)」(伊都郡かつらぎ町)を訪ね、笠木峠を越えて当駅や高野山上まで踏破する方も数多くいらっしゃいます。朱塗りの太鼓橋と杉木立の緑とのコントラストが鮮やかな「丹生都比売(にうつひめ)神社」は、少なくとも1700年前の創建と伝えられています。

東松江

東松江

明治45年(1912)6月、加太軽便鉄道が開通。電化に伴って加太電気鉄道と改称した昭和5年(1930)12月に当駅が開業しました。 加太電気鉄道は昭和17年(1942)2月、南海鉄道に吸収合併され、新たに加太線として運行を開始しました。 昭和19年(1944)10月、当駅と紀ノ川駅の間がつながって貨物列車を運行。 東松江は製鉄業がさかんなまちで、当駅を経由して住友金属工業和歌山製鉄所の貨物専用線で同社の原料や製品などを運搬していましたが、昭和59年(1984)2月、旧国鉄の貨物ダイヤ大幅削減に伴って貨物営業を廃止しました。

橋本

橋本

高野登山鉄道当時の大正4年(1915)3月に開業しました。 その17年前、明治31年(1898)4月に紀和鉄道(現・JR和歌山線)が橋本~五条間に鉄道を敷設していたことから、現在も当社とJR西日本の共同使用駅となっています。 高野街道と大和街道が交わるまち、今も昔も人やものの交流が盛んな土地です。 万葉集にもこの地の歌が残されています。

中松江

中松江

明治45年(1912)6月、加太軽便鉄道の開設と同時に開業した中松江駅。 かつて海岸線が後退してできた細長い洲に松を植えて風や潮を防ぎ、洲と陸地の間が入り江になっていたところから「松江」の地名が付いたといわれています。 駅の北側約1.5kmに位置する「釜山古墳群」は、釜山古墳、茶臼山古墳、国内で唯一金の勾玉が発掘された車駕之古址古墳(しゃかのこしこふん)の3基が東西に並び、和歌山県の史跡に指定されています。 駅から南へすぐの「春日神社」は、かつて南東約100mにあり「南海神社」と称しましたが、津波にあったため現在地に遷座したといわれています。

和泉大宮

和泉大宮

昭和12年(1937)4月に開業しました。「和泉大宮」の駅名は、北東約600mに位置する「兵主(ひょうず)神社」が「大宮」と呼ばれることに由来しています。 兵主神社は、桃山時代に建設された三間社・流造・桧皮葺の本殿が国の重要文化財に指定されており、社宝として伝えられている室町から江戸前期の能面9面は、雨乞いの際に演じられた能に用いられたため「雨降りの面」と呼ばれています。 駅の北西約1.2kmに位置する「岸和田漁港」は、昭和41年(1966)に完成したもの。あぐり網(イワシきんちゃく網)漁業を中心に、大阪府下でトップクラスの水揚量を誇ります。

和歌山市

和歌山市

紀ノ川橋梁(現在の上り線)が架橋された明治36年(1903)3月に開業し、平成15年(2003)で100周年を迎えました。 初代駅舎は昭和20年(1945)7月の空襲で焼失、昭和30年(1955)に2代目駅舎、昭和48年(1973)には3代目駅舎、そして、4代目駅舎となる現在の「キーノ和歌山」は令和2年(2020)6月にグランドオープン。商業施設・ホテル・オフィス・図書館等から構成される和歌山市の新しい玄関口として、地域の発展に貢献しています。 加太さかな線を走るめでたいでんしゃへの乗り換えにも便利です。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

紀見峠

紀見峠

岩湧山への登山口としてハイカーの利用が多い当駅は、大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の由来となった「紀見峠」は駅から約1.5キロ北に位置し、高野街道の重要な通過点として、江戸時代には宿場町として賑わいました。 上り線の紀見トンネル(1,561メートル)は、高野鉄道が明治33年(1900)に堀削開始した工事を高野登山鉄道が引き継ぎ、大正3年(1914)11月にようやく完成しました。 下り線の新紀見トンネル(1,853メートル)は、昭和47年(1972)に着手した河内長野~橋本間の複線化工事に伴って昭和48年(1973)5月に堀削を開始し、昭和51年(1976)4月に使用を開始しました。

御幸辻

御幸辻

高野登山鉄道が三日市町駅~橋本駅間を開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の「御幸辻」は、かつて「辻」と呼ばれたこの地で天皇の行幸が相次いだという故事を由来としています。 駅の東側約2キロに位置する「橋本カントリークラブ」は、約240ヘクタールの丘陵地に27ホールを設けたスケールの大きいゴルフ場で、ご利用には林間田園都市駅下車が便利です。

粉浜

粉浜

大正6年(1917)4月に開業しました。 玉出~大和川間の高架化に伴って旧駅舎を撤去し、昭和54年(1979)8月に高架下2階部分に新駅舎を開設しました。 「住吉の 粉浜のしじみ開けも見ず 隠りてのみや 恋ひ渡りなむ」と万葉集に歌われたとおり、海岸線の浜辺でアサリやハマグリなどが採れ、住吉詣でのお土産としても有名でした。大正時代に発足した「粉浜商店街」は、同駅西側の粉浜小学校から住吉大社駅にかけて約120店が軒を連ねており、歴史ある商店街らしく老舗の店が多く見られます。

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