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南海沿線のまち

極楽橋

極楽橋

大正14年(1925)に始まった高野下駅~極楽橋駅間約10.3キロの線路延長工事は、山岳地帯のため難工事となり、昭和4年(1929)2月にようやく当駅が開業しました(ケーブルカーの開通は翌年6月)。 電車のホームとケーブルカー乗り場を結ぶ構内通路は、直下を流れる「不動谷川」に架かる橋の役割も果たしています。 駅から川沿いを下っていくと駅名の由来となった「極楽橋」があります。 昭和29年(1954)に架け替えられたこの橋を渡って「不動坂」を登り、高野山上の「女人堂」に出ることで、昔の高野詣りの風情を楽しむ方も多くいらっしゃいます。

和歌山大学前

和歌山大学前(ふじと台)

和歌山県や和歌山市など地元からの請願駅として平成24年(2012)4月に開業。 駅名は一般公募によるもので、駅の南東約2kmに位置し南海沿線を代表する大学の1つである「和歌山大学」の名称を駅名に冠することで南海本線のイメージアップが期待できることなどから「和歌山大学前」に決定しました。 また、和歌山市北部のニュータウン「ふじと台」の最寄り駅でもあり、副駅名にもなっています。

樽井

樽井

明治30年(1897)11月、江戸時代から繊維の生産で有名であった樽井村(当時)に鉄道開通とともに開業しました。 レンガ製造や、大正から昭和初めにかけては紡績産業でも栄えたまちです。 関西国際空港を間近に見ながら遊泳が楽しめる「サザンビーチ(りんくう南浜海水浴場)」の最寄り駅として、春は潮干狩り、夏は海水浴が楽しめます。 駅周辺には「なみはやグラウンド」や「サザンスタジアム(泉南市民球場)」など、スポーツ施設も充実。 梅林スポットの「金熊寺」や桜の名所「根来寺」へは駅前からバスを利用。毎年、大勢の花見客が訪れます。

羽倉崎

羽倉崎

旧陸軍の飛行場を建設するために動員された人々や建設機材を輸送するため、昭和17年(1942)2月に開業しました。 この付近の海岸はかつて「筥(はこ)浦崎(うらざき)」と呼ばれていましたが転訛して羽倉崎になったと伝えられ、駅名はその地名から付けられました。 隣接する羽倉崎車庫は昭和30年(1955)8月に竣工し、現在は170両の収容が可能。 駅の東側に位置する末広公園は、市民総合体育館や健康増進センター、グラウンドなど公共スポーツ施設が充実しています。 駅から南東約2キロの蟻通神社は「紀貫之集」や「枕草子」などにその名の由来が述べられています。

深井

深井

昭和46年(1971)年4月1日に開業した深井駅は、堺市中区にあり、中区唯一の駅です。 泉北ニュータウンの手前に位置するため、他の駅とは少し異なる雰囲気を持っており、飲食店や冠婚葬祭施設も多く見られます。 高架駅で、高架下にはショッピングゾーン「深井プラザ」があります。

多奈川

多奈川

昭和19年(1944)5月、軍部の強い要請によって南海鉄道と関西急行鉄道が合併し「近畿日本鉄道」となりました。同時に、軍需工場の従業員や軍事関係者などの輸送を目的として多奈川支線が開通し、当駅が開業しました。 軍需工場は戦後に解体され、天然の良港としての条件を備えた海岸には関西電力多奈川火力発電所が建設されました。 「興善寺」「理智院」へは駅前からバスで約15分。興善寺の本尊・大日如来坐像は国の重要文化財に指定されており、理智院には秀吉の木像や秀頼幼少時の書「豊国大明神」など豊臣家ゆかりの品々が保存されています。

鶴原

鶴原

大正5年(1916)5月に開業しました。海が近く、かつて漁業が盛んなまちでした。 構内には昭和29年(1954)に殉職した駅掌を弔うために建立された地蔵菩薩があります。 駅から南西約300mにある「加支多神社」はかつて市杵島神社と呼ばれ、市杵島姫命を祭っていました。楠氏の臣・勝間某が敗戦の際、祭神を背負って当時の豪家・新川氏に奉祀を依頼したことが由来とされています。 ここからさらに南東の貝田交差点付近には、平安末期から鎌倉時代にかけて熊野古道沿いに創建された九十九王子の1つ「貝田王子」(別称・鶴原王子)があったといわれています。

沢ノ町

沢ノ町

昭和17年(1942)2月に開業しました。 駅名は当時の町名「沢之町」から付けられましたが、同年に町の一部が殿辻町(現・住吉区殿辻)に町名変更されました。 駅と住吉大社のほぼ中間に位置する住吉行宮跡は、正平7年(文和元年・1352)に住吉大社宮司・津守氏邸内の正印殿に移った後村上天皇が、ここを行宮(行幸時の仮宮居)とし、次の長慶天皇が即位した地としても知られています。 「万葉集」でその情景が歌われた細江川は、上流約600メートルの区間が「細江川のせせらぎ」として整備されており、初夏には住吉区の花・かきつばたも見ることができます。

住ノ江

住ノ江

南海鉄道の難波駅~浜寺公園駅間が電化された明治40年(1907)8月に開業しました。 当時、東成郡墨江村(現・住之江区西住之江)に直営の火力発電所「住の江発電所」が建設され、同駅の開業と同時に送電を開始し、大正7年(1918)まで稼動しました。 「住ノ江車庫」は大正10年(1921)2月に竣工。昭和52年(1977)4月に駅とともに高架化されました。 地元安立のまちには、かつて笠松と呼ばれる、かの歌川広重の絵にも描かれたほどの松があり、見物客でにぎわいました。住吉大社の参詣道として栄えた街道は、商店街に姿を変え、現在もにぎわいを見せています。

諏訪ノ森

諏訪ノ森

明治40年(1907)12月に開業しました。当時この辺りは船尾村と呼ばれ、その村社として、かつてあった諏訪神社が駅名の由来といわれています。 プラットホームは以前は相対式でしたが、下りホームの幅員を広くするため、昭和41年(1966)、下りホームのみ難波寄りに約60メートルずらして移設しました。 白砂青松の松林から続く海原の彼方に、遠く淡路島が描かれた5枚組ステンドグラスがはめ込まれた西駅舎は、平成10年(1998)9月、浜寺公園駅舎とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となりました。 平成15年(2003)の第4回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

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