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南海沿線のまち

初芝

初芝

明治31年(1898)3月に「西村駅」として開業しました。 昭和9年(1934)、南海鉄道が住宅経営を企画し、その経営地として西村駅前の土地4万2千坪が決まりました。 新住宅地を大々的に売り出すためには、PRとイメージチェンジが必要であることから、新しい駅名を社内募集し「初芝」が選ばれました。 翌年、上下ホームを結ぶ地下道も新設され、住宅地の売り出しと同時に初芝駅として再スタートしました。

美加の台

美加の台

高野線複線化工事の一環として建設が進められ、昭和59年(1984)9月、大規模住宅地「南海美加の台」の玄関口として開業しました。 1階がプラットホーム、2階が駅務室およびコンコースとなり、屋上に駅の出入り口を設け、乗降客は屋上から出入りするというユニークな設計となっています。 駅東側一帯の丘陵地に当社が開発を進めた「南海美加の台」は同年9月に分譲開始。歴史・自然風土を考慮し、豊富な緑と十分な都市施設を備えた居住性の高い街づくりによって河内長野市内で高い評価を得ています。

和歌山港

和歌山港

昭和46年(1971)3月、築港町(旧和歌山港)駅~水軒駅間の延長工事が完成し、フェリーが就航する和歌山本港前に当駅を開設しました。 昭和60年(1985)11月から、旧1000系の四国連絡特急「四国号」に代わって10000系特急車両「サザン」の運転を開始。平成14年(2002)5月に和歌山港駅~水軒駅間を廃止して以降、和歌山港線の終点となりました。 高台の駅ホームから一望できるサンセットビューは、時間を忘れるほどの絶景です。

鶴原

鶴原

大正5年(1916)5月に開業しました。海が近く、かつて漁業が盛んなまちでした。 構内には昭和29年(1954)に殉職した駅掌を弔うために建立された地蔵菩薩があります。 駅から南西約300mにある「加支多神社」はかつて市杵島神社と呼ばれ、市杵島姫命を祭っていました。楠氏の臣・勝間某が敗戦の際、祭神を背負って当時の豪家・新川氏に奉祀を依頼したことが由来とされています。 ここからさらに南東の貝田交差点付近には、平安末期から鎌倉時代にかけて熊野古道沿いに創建された九十九王子の1つ「貝田王子」(別称・鶴原王子)があったといわれています。

淡輪

淡輪

明治39年(1906)8月に簡易停車場として開業した淡輪駅は、明治43年(1910)に常設停車場となりました。 平成18年(2006)の工事で従来の赤い屋根からシックな黒にふき替えました。 海岸沿いには海洋訓練施設「府立青少年海洋センター」、常設ビーチバレー競技場「潮騒ビバレー」などがあります。また、海開き以降の「ときめきビーチ(淡輪海水浴場)」には多くの海水浴客でにぎわいます。

岸和田

岸和田

南海鉄道当時の明治30年(1897)10月に開業しました。駅の高架化(南海本線岸和田市内連続立体交差工事)は昭和62年(1987)10月に着工。 駅の上に駐車場をつくるという、全国でも例のない駅部一体整備型連続立体交差事業として進められ、平成4年(1992)5月に上り線、2年後の7月に下り線が完成しました。 約300年の歴史と伝統を誇る「岸和田だんじり祭」は、岸和田藩主・岡部長泰が五穀豊穣を祈願して行った稲荷祭がその始まりと伝えられています。 滝と紅葉の名所・牛滝山へは駅前からバスに乗車。11月に「もみじまつり」が行われます。

北助松

北助松

沿線東側に建設が進められた公団助松団地の最寄り駅として、昭和32年(1957)12月に開業しました。 駅名に「北」が付けられているのは、開業当時、隣接する松ノ浜駅が「助松」という駅名であったためです。 駅のすぐ北西側にある「助松神社」は、8世紀中頃の称徳天皇の時代に創建されたものといわれており、境内には神鶏が放し飼いにされています。 さらに海岸寄りには、野球場や交通遊園、プールなどの施設を持つ「助松公園」があり、緑豊かな市民の憩いの場となっています。

上古沢

上古沢

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下駅~神谷(現・紀伊神谷)駅間の開通と同時に開業しました。 駅の西側から不動谷川を渡ってさらに進むと「高野山町石道(世界遺産)」へと通じています。ハイキングコースとして九度山の「慈尊院(世界遺産)」から町石をたどりながら「丹生都比売(にうつひめ)神社(世界遺産)」(伊都郡かつらぎ町)を訪ね、笠木峠を越えて当駅や高野山上まで踏破する方も数多くいらっしゃいます。朱塗りの太鼓橋と杉木立の緑とのコントラストが鮮やかな「丹生都比売(にうつひめ)神社」は、少なくとも1700年前の創建と伝えられています。

九度山

九度山

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を同時に合併した2年後、大正13年(1924)12月に開業しました。 駅から徒歩約10分の「真田庵」(正式には善名称院)は、戦国武将の真田昌幸・幸村父子隠棲の屋敷跡として県の史跡に指定されており、毎年5月にこの辺一帯で「真田祭」が開催されます。「真田庵」からさらに徒歩約20分の「慈尊院(世界遺産)」は、弘法大師・空海の高野山開創に際して山麓の寺務所として建立されました。 慈尊院から「丹生官省符神社(世界遺産)」へ通じる石段の中間に町石があり、ここから高野山に至る約20キロの「町石道(世界遺産)」はかつて表参道として利用されました。

紀ノ川

紀ノ川

南海鉄道が紀の川北岸まで延伸された明治31年(1898)10月に「和歌山北口駅」として開業しました。 明治36年(1903)3月、和歌山市駅までの延伸に伴って北口駅は廃止となり、現在位置に移設され「紀ノ川駅」となりました。 昭和19年(1944)10月には東松江駅とつながって加太線との接続駅となります。 駅名の由来でもある1級河川「紀の川」は、大台ケ原を源流として延長120キロ以上に及びます。 秋の味覚シーズンには、みかん狩りハイキングを楽しむ人が多く見られます。

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