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南海沿線のまち

春木

春木

大正3年(1914)10月に開業しました。 駅の東側には、かつて「春木競馬場」がありましたが、地元の要望もあり昭和49年(1974)に廃止となりました。その跡地に造られた「中央公園」は、テニスコート、プール、トラック競技場などのスポーツ施設が充実しています。 大阪府下唯一の競輪場である「岸和田競輪場」は昭和25年(1950)2月、全国で22番目の競輪場として開設。観客収容人員約45000人のマンモススタンドを持ちます。

極楽橋

極楽橋

大正14年(1925)に始まった高野下駅~極楽橋駅間約10.3キロの線路延長工事は、山岳地帯のため難工事となり、昭和4年(1929)2月にようやく当駅が開業しました(ケーブルカーの開通は翌年6月)。 電車のホームとケーブルカー乗り場を結ぶ構内通路は、直下を流れる「不動谷川」に架かる橋の役割も果たしています。 駅から川沿いを下っていくと駅名の由来となった「極楽橋」があります。 昭和29年(1954)に架け替えられたこの橋を渡って「不動坂」を登り、高野山上の「女人堂」に出ることで、昔の高野詣りの風情を楽しむ方も多くいらっしゃいます。

紀伊清水

紀伊清水

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を合併した約3年後の大正14年(1925)3月に開業しました。 駅北側の「清水の街並み」は、平成9年(1997)に和歌山県ふるさと建築景観賞を受賞。重厚な瓦屋根や格子を持つ家屋が高野街道に沿って東西に軒を連ねており、高野山領最初の宿場町としての面影を今も残しています。 また、紀州へら竿の産地としても知られています。 駅から約500メートル東にある「三軒茶屋の大常夜燈籠」は、江戸時代に東家(紀州藩領)と三軒茶屋(高野山領)を結ぶ渡し場の位置を示すものとして、宝暦2年(1752)に造られました。

紀伊細川

紀伊細川

高野山電気鉄道当時の昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)駅間の開通と同時に開業しました。難波方面の「入谷トンネル」と高野山方面の「細川トンネル」の間に位置します。駅から徒歩約7分の「八坂神社」は、弘仁年間(810~823)各地を修行中の弘法大師・空海がこの地に立ち寄られた際に、素盞嗚(すさのおの)命(みこと)を祀りました。駅から出合橋を渡って川沿いの谷道を上り、矢立を経由して高野山上を目指すルート(約9.9km・徒歩約3時間)は「高野山町石道」の短縮モデルコースとしてハイキングに利用されています。

岸里玉出

岸里玉出

萩ノ茶屋~玉出間の高架化に伴い、平成5年(1993)4月、岸ノ里駅と玉出駅を移設統合し、駅名が「岸里玉出」となりました。 岸ノ里駅は大正2年(1913)7月、玉出駅は明治40年(1907)10月に開業しています。 駅の南西約600メートルには「生根神社」があり、7月24日・25日の夏祭りに出される「だいがく」(高さ約20メートルの柱に79個の提灯をつけた山笠)が、民俗資料として府の有形文化財に指定されています。

津守

津守

大正2年(1913)2月開業の津守駅。 駅名にもなっている地名「津守」は、元禄期に2人の町人が木津川の寄州を幕府から買い取って開発した耕地「津守新田」が由来とされ、駅から約800メートル南にある津守小学校の校庭には、新田内の行政事務や年貢の取り締まりなどを行なっていた「津守新田会所跡」の石碑があります。 同校西側にある「津守神社」は津守新田が開発された頃に創設され、当初は五所神社や五社大明神、後には稲荷神社と呼ばれましたが、明治4年(1871)に津守神社と改称しました。 駅から少し歩いた先にある木津川には、今も橋の代わりに渡船が行きかい、市民の足となっています。

光明池

光明池

昭和52年(1977)8月20日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの南端に位置しています。 駅周辺には、商業施設や医療機関などが集まっており、光明池運転免許試験場への最寄り駅としても知られています。 駅名の由来となっている「光明池」は、関西でも屈指の貯水量を誇るため池。緑豊かな景観が素晴らしく、光明池緑地として「大阪緑の百選」にも選ばれています。

貝塚

貝塚

南海鉄道が堺~泉佐野間を開通した明治30年(1897)10月に開業しました。 駅名にもなっている地名の「貝塚」はかつて「海塚」の文字が使われていたといいます。 大正14年(1925)に水間線(水間鉄道)が開業し、乗換駅となりました。 駅の難波方面最初の踏切付近に“貝塚宮”と称される「感田神社」があり、毎年7月に勇壮な夏祭り「太鼓台祭り」が行われます。 そこからさらに北西へ進むと、地元の人々から“ぼっかん(ト半)さん”と呼ばれる「願泉寺」があり、表門や本堂などが国の重要文化財に指定されています。

紀見峠

紀見峠

岩湧山への登山口としてハイカーの利用が多い当駅は、大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の由来となった「紀見峠」は駅から約1.5キロ北に位置し、高野街道の重要な通過点として、江戸時代には宿場町として賑わいました。 上り線の紀見トンネル(1,561メートル)は、高野鉄道が明治33年(1900)に堀削開始した工事を高野登山鉄道が引き継ぎ、大正3年(1914)11月にようやく完成しました。 下り線の新紀見トンネル(1,853メートル)は、昭和47年(1972)に着手した河内長野~橋本間の複線化工事に伴って昭和48年(1973)5月に堀削を開始し、昭和51年(1976)4月に使用を開始しました。

磯ノ浦

磯ノ浦

加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した磯ノ浦駅。 改札を抜けると、そこは海。 駅名の由来となった「磯ノ浦」は二里ヶ浜の西端にあたる海岸で、万葉集に「磯の浦に 来寄る白波かへりつつ 過ぎかてなくは 誰にたゆたへ」と詠われています。 夏期シーズンには海水浴場としてにぎわうほか、潮干狩りや地引き網、磯釣りなど四季を通じて利用されます。 大阪から最も近いサーフポイントとしても有名で、7~8月には海水浴場とサーフポイントをエリアで区切るなど、年間を通じて各地からサーファーが訪れます。

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