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南海沿線のまち

萩ノ茶屋

萩ノ茶屋

明治40年(1907)12月に開業しました。 駅名の由来といわれる「萩の茶屋」は、かつて紀州街道沿いにあった茶店の1つで、大阪方面から住吉詣りに向かう途中、敷地内に植えられた萩の花が旅人の目を楽しませたと言われています。

白鷺

白鷺

昭和24年(1949)7月、この地の北側に「中百舌鳥運動場前駅」が開設されましたが9年後に廃止。その後、公団白鷺団地が造成されたのに伴い、昭和39年(1964)5月に当駅を開業しました。 かつて沿線の田園に白鷺の群が多く見られたことが団地および駅名の由来です。 駅の北西約1.1キロに位置する「金岡神社」は、平安時代初期の仁和年間(885年頃)、庶民の安全と五穀豊穣を祈願するため、住吉大神を祀って創建したと伝えられています。

極楽橋

極楽橋

大正14年(1925)に始まった高野下駅~極楽橋駅間約10.3キロの線路延長工事は、山岳地帯のため難工事となり、昭和4年(1929)2月にようやく当駅が開業しました(ケーブルカーの開通は翌年6月)。 電車のホームとケーブルカー乗り場を結ぶ構内通路は、直下を流れる「不動谷川」に架かる橋の役割も果たしています。 駅から川沿いを下っていくと駅名の由来となった「極楽橋」があります。 昭和29年(1954)に架け替えられたこの橋を渡って「不動坂」を登り、高野山上の「女人堂」に出ることで、昔の高野詣りの風情を楽しむ方も多くいらっしゃいます。

美加の台

美加の台

高野線複線化工事の一環として建設が進められ、昭和59年(1984)9月、大規模住宅地「南海美加の台」の玄関口として開業しました。 1階がプラットホーム、2階が駅務室およびコンコースとなり、屋上に駅の出入り口を設け、乗降客は屋上から出入りするというユニークな設計となっています。 駅東側一帯の丘陵地に当社が開発を進めた「南海美加の台」は同年9月に分譲開始。歴史・自然風土を考慮し、豊富な緑と十分な都市施設を備えた居住性の高い街づくりによって河内長野市内で高い評価を得ています。

箱作

箱作

明治31年(1898)10月に開業しました。 駅名の由来となった「箱作」の地名は諸説あり京都・賀茂神社改修の際に流した御霊箱がこの地の海岸にたどり着いたという「箱着里」が語源といわれています。 東側駅前の旧道を和歌山市方面へ500mほど進むと「加茂神社」があります。この地が上賀茂神社の荘園であった当時に創建されたと伝えられ、安土桃山時代に建てられた桧皮葺の本殿は、燈籠とともに大阪府の有形文化財に指定されています。府営公園「せんなん里海公園」に隣接する箱作海水浴場(ぴちぴちビーチ)の最寄り駅です。

井原里

井原里

鶴原駅と泉佐野駅の間には、鶴原地区のほか下瓦屋、湊、中庄、上瓦屋などに古くからの住区があり、ワイヤーロープなど鋼線関係の工場が点在していたこともあり、昭和27年(1952)4月、両駅の中間に開業しました。 山手の上瓦屋地区が昔、井原庄と呼ばれていたところから駅名に採用されました。 中庄にある奈加美神社は平安時代初期の創建と伝えられています。旧社名は大宮神社でしたが、中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取って三町合同の願いをこめて現在の名前になったといいます。本殿は華麗な彩色の三間社流造で大阪府の指定文化財となっています。

我孫子前

我孫子前

駅から東へ約1キロに位置する「我孫子観音」への参拝の便を図るため、明治40年(1907)1月に開業しました。 後に阪和電気鉄道(現JR阪和線)我孫子町駅や地下鉄御堂筋線あびこ駅が開業しましたが、当時は当駅が最寄り駅であったため「我孫子前」と名付けられました。 我孫子観音は正式には「吾彦山大聖観音寺」と称し、日本最古の観音信仰道場・厄除けの寺として有名です。約1400年前、聖徳太子がこの地に赴いた時に観音菩薩のお告げを受けて当寺を創建したと伝えられ、毎年恒例の「節分厄除大法会」は厄除開運・無病息災・諸願成就を祈る人々でにぎわいます。

下古沢

下古沢

大正14年(1925)3月、高野下から高野山にいたる鉄道敷設を目指して高野山電気鉄道が設立され、昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)間の開通と同時に開業しました。 駅名は当時の地名である下古沢村からつけられました。 この辺りは古くから手漉き和紙「高野紙(古沢紙)」の産地として約100軒の家々が紙漉きを行っていましたが、現在はわずか1軒のみとなり、九度山町では勝利寺(最寄りは九度山駅)の境内に紙の資料館と体験室を兼ねた「紙遊苑」を開設し、先祖の伝えたこの伝統文化を後世に伝承しています。

堺

当社の前身・阪堺鉄道が堺の吾妻橋まで路線を開通した明治21年(1888)5月に開業しました。 現在の南海堺駅ビルは平成9年(1997)12月に竣工したもので、地下1階、地上7階建てのうち、1~2階部分が駅施設として使用されています。 平成12年(2000)7月には、駅の北側に隣接する商業施設「プラットプラット」が開業。高さ18メートルのモニュメント「フェニックスアーチ」が一際目立つ東側駅前広場には、バスターミナルが整備されており、堺市の交通の要として機能しています。 平成13年(2001)の第2回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

松ノ浜

松ノ浜

大正3年(1914)12月に開業しました。当時の駅名は「助松」で、昭和35年(1960)12月に「松ノ浜」と改称しました。 駅の南東約1.2kmにある「曽禰神社」は、泉大津市内で最古の神社と伝えられています。 同神社が位置する曽根町から、和泉市池上町にかけて広がる弥生時代の大集落遺跡「池上曽根遺跡」は、昭和51年(1976)に国の史跡に指定されました。池上遺跡史跡公園内には「池上曽根弥生情報館」「池上曽根弥生学習館」があり、隣接する「大阪府立弥生文化博物館」では弥生文化に関する資料と情報を収集・保存・研究・展示しています。

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