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南海沿線のまち

諏訪ノ森

諏訪ノ森

明治40年(1907)12月に開業しました。当時この辺りは船尾村と呼ばれ、その村社として、かつてあった諏訪神社が駅名の由来といわれています。 プラットホームは以前は相対式でしたが、下りホームの幅員を広くするため、昭和41年(1966)、下りホームのみ難波寄りに約60メートルずらして移設しました。 白砂青松の松林から続く海原の彼方に、遠く淡路島が描かれた5枚組ステンドグラスがはめ込まれた西駅舎は、平成10年(1998)9月、浜寺公園駅舎とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となりました。 平成15年(2003)の第4回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

泉ケ丘

泉ケ丘

昭和46年(1971)4月1日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの中心として、商業施設や学校等が集まっています。 泉北線内で最も乗降客数が多く、拠点駅としての役割を担っており、髙島屋泉北店が入居するパンジョや、大型児童館のビッグバンが駅周辺にあります。

紀ノ川

紀ノ川

南海鉄道が紀の川北岸まで延伸された明治31年(1898)10月に「和歌山北口駅」として開業しました。 明治36年(1903)3月、和歌山市駅までの延伸に伴って北口駅は廃止となり、現在位置に移設され「紀ノ川駅」となりました。 昭和19年(1944)10月には東松江駅とつながって加太線との接続駅となります。 駅名の由来でもある1級河川「紀の川」は、大台ケ原を源流として延長120キロ以上に及びます。 秋の味覚シーズンには、みかん狩りハイキングを楽しむ人が多く見られます。

伽羅橋

伽羅橋

大正7年(1918)10月開業の伽羅橋駅。周辺の高級住宅開発のために敷設された高師浜支線(現・高師浜線)は、翌年8月に高師浜駅まで開通しました。 昭和45年(1970)3月には、伽羅橋~高師浜間で交差する府道堺阪南線(当時の国道26号線)の交通渋滞を解消するため高架化され、その後令和6年(2024)4月、高師浜線全線が高架化されました。 駅名の由来となった「伽羅橋」は旧紀州街道の芦田川に架かっていた橋梁。元治2年(1865)に木製から石造りに付け替えられましたが、その石橋も昭和63年(1988)に堺泉北臨海コンビナートにある高砂公園に移設されました。

深井

深井

昭和46年(1971)年4月1日に開業した深井駅は、堺市中区にあり、中区唯一の駅です。 泉北ニュータウンの手前に位置するため、他の駅とは少し異なる雰囲気を持っており、飲食店や冠婚葬祭施設も多く見られます。 高架駅で、高架下にはショッピングゾーン「深井プラザ」があります。

高野山

高野山

四季を通じて全国各地から参拝客が訪れる世界遺産“高野山"の玄関口。 高野山電気鉄道当時の昭和5年(1930)6月に開業し、高野山開創1150年祭を翌年にひかえた昭和39年(1964)12月、輸送力増強のためケーブルカーの2両連結運転を開始しました。 プラットホームはコンクリート製の階段になっており、駅の地下室に据えられた出力400キロワットの巻上機2台でケーブルカーを上下に動かしています(運転速度は秒速3メートル)。標高867メートルに位置し、駅前と山内各所をバスで結ぶ、当社の代表的な観光駅です。

孝子

孝子

大正4年(1915)4月に開業した大阪府下最南端の駅。大阪府と和歌山県境の孝子峠を「第1孝子トンネル」が貫きます。 駅から約1.5キロほど離れた場所に2つの石碑があり、橘逸勢(たちばなはやなり)とその娘の墓と伝えられています。 平安初期の能書家である逸勢は“天下の三筆”と呼ばれました。 駅の南側、孝子2号踏切を渡ってすぐ左の道は飯盛山(標高385メートル)への登山コース。途中で左手に入って石段を登ると“孝子観音”と呼ばれる「高仙寺」があります。

紀見峠

紀見峠

岩湧山への登山口としてハイカーの利用が多い当駅は、大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の由来となった「紀見峠」は駅から約1.5キロ北に位置し、高野街道の重要な通過点として、江戸時代には宿場町として賑わいました。 上り線の紀見トンネル(1,561メートル)は、高野鉄道が明治33年(1900)に堀削開始した工事を高野登山鉄道が引き継ぎ、大正3年(1914)11月にようやく完成しました。 下り線の新紀見トンネル(1,853メートル)は、昭和47年(1972)に着手した河内長野~橋本間の複線化工事に伴って昭和48年(1973)5月に堀削を開始し、昭和51年(1976)4月に使用を開始しました。

和泉中央

和泉中央

和泉市に位置する和泉中央駅は、平成7年(1995)4月1日開業。和泉市の中心市街地として発展しており、商業施設や公共施設、住宅などが集まっています。 和泉中央駅は、「鉄道の日」記念行事の一つとして実施された「第3回近畿の駅百選」にも認定されました。

下古沢

下古沢

大正14年(1925)3月、高野下から高野山にいたる鉄道敷設を目指して高野山電気鉄道が設立され、昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)間の開通と同時に開業しました。 駅名は当時の地名である下古沢村からつけられました。 この辺りは古くから手漉き和紙「高野紙(古沢紙)」の産地として約100軒の家々が紙漉きを行っていましたが、現在はわずか1軒のみとなり、九度山町では勝利寺(最寄りは九度山駅)の境内に紙の資料館と体験室を兼ねた「紙遊苑」を開設し、先祖の伝えたこの伝統文化を後世に伝承しています。

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