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紀見峠

紀見峠

岩湧山への登山口としてハイカーの利用が多い当駅は、大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の由来となった「紀見峠」は駅から約1.5キロ北に位置し、高野街道の重要な通過点として、江戸時代には宿場町として賑わいました。 上り線の紀見トンネル(1,561メートル)は、高野鉄道が明治33年(1900)に堀削開始した工事を高野登山鉄道が引き継ぎ、大正3年(1914)11月にようやく完成しました。 下り線の新紀見トンネル(1,853メートル)は、昭和47年(1972)に着手した河内長野~橋本間の複線化工事に伴って昭和48年(1973)5月に堀削を開始し、昭和51年(1976)4月に使用を開始しました。

和泉大宮

和泉大宮

昭和12年(1937)4月に開業しました。「和泉大宮」の駅名は、北東約600mに位置する「兵主(ひょうず)神社」が「大宮」と呼ばれることに由来しています。 兵主神社は、桃山時代に建設された三間社・流造・桧皮葺の本殿が国の重要文化財に指定されており、社宝として伝えられている室町から江戸前期の能面9面は、雨乞いの際に演じられた能に用いられたため「雨降りの面」と呼ばれています。 駅の北西約1.2kmに位置する「岸和田漁港」は、昭和41年(1966)に完成したもの。あぐり網(イワシきんちゃく網)漁業を中心に、大阪府下でトップクラスの水揚量を誇ります。

御幸辻

御幸辻

高野登山鉄道が三日市町駅~橋本駅間を開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の「御幸辻」は、かつて「辻」と呼ばれたこの地で天皇の行幸が相次いだという故事を由来としています。 駅の東側約2キロに位置する「橋本カントリークラブ」は、約240ヘクタールの丘陵地に27ホールを設けたスケールの大きいゴルフ場で、ご利用には林間田園都市駅下車が便利です。

井原里

井原里

鶴原駅と泉佐野駅の間には、鶴原地区のほか下瓦屋、湊、中庄、上瓦屋などに古くからの住区があり、ワイヤーロープなど鋼線関係の工場が点在していたこともあり、昭和27年(1952)4月、両駅の中間に開業しました。 山手の上瓦屋地区が昔、井原庄と呼ばれていたところから駅名に採用されました。 中庄にある奈加美神社は平安時代初期の創建と伝えられています。旧社名は大宮神社でしたが、中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取って三町合同の願いをこめて現在の名前になったといいます。本殿は華麗な彩色の三間社流造で大阪府の指定文化財となっています。

光明池

光明池

昭和52年(1977)8月20日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの南端に位置しています。 駅周辺には、商業施設や医療機関などが集まっており、光明池運転免許試験場への最寄り駅としても知られています。 駅名の由来となっている「光明池」は、関西でも屈指の貯水量を誇るため池。緑豊かな景観が素晴らしく、光明池緑地として「大阪緑の百選」にも選ばれています。

帝塚山

帝塚山

昭和9年(1934)12月に開業しました。 この地域には古くから豪族が住んでいたといわれ、明治から大正時代にかけて大阪府屈指の高級住宅地として発展しました。 東へ進み、阪堺電車・上町線を越えたあたりにある「万代池公園」は市民の憩いと散策の場となっており、万代池は墳墓の周濠であったといわれています。 駅の西側にある「帝塚山古墳」は、5,6世紀頃にこの地を支配していた大伴金村の墳墓と伝えられ、茶臼山(天王寺区)、御勝山(生野区)とともに大阪市の三大前方後円墳と呼ばれています。

和歌山市

和歌山市

紀ノ川橋梁(現在の上り線)が架橋された明治36年(1903)3月に開業し、平成15年(2003)で100周年を迎えました。 初代駅舎は昭和20年(1945)7月の空襲で焼失、昭和30年(1955)に2代目駅舎、昭和48年(1973)には3代目駅舎、そして、4代目駅舎となる現在の「キーノ和歌山」は令和2年(2020)6月にグランドオープン。商業施設・ホテル・オフィス・図書館等から構成される和歌山市の新しい玄関口として、地域の発展に貢献しています。 加太さかな線を走るめでたいでんしゃへの乗り換えにも便利です。

美加の台

美加の台

高野線複線化工事の一環として建設が進められ、昭和59年(1984)9月、大規模住宅地「南海美加の台」の玄関口として開業しました。 1階がプラットホーム、2階が駅務室およびコンコースとなり、屋上に駅の出入り口を設け、乗降客は屋上から出入りするというユニークな設計となっています。 駅東側一帯の丘陵地に当社が開発を進めた「南海美加の台」は同年9月に分譲開始。歴史・自然風土を考慮し、豊富な緑と十分な都市施設を備えた居住性の高い街づくりによって河内長野市内で高い評価を得ています。

粉浜

粉浜

大正6年(1917)4月に開業しました。 玉出~大和川間の高架化に伴って旧駅舎を撤去し、昭和54年(1979)8月に高架下2階部分に新駅舎を開設しました。 「住吉の 粉浜のしじみ開けも見ず 隠りてのみや 恋ひ渡りなむ」と万葉集に歌われたとおり、海岸線の浜辺でアサリやハマグリなどが採れ、住吉詣でのお土産としても有名でした。大正時代に発足した「粉浜商店街」は、同駅西側の粉浜小学校から住吉大社駅にかけて約120店が軒を連ねており、歴史ある商店街らしく老舗の店が多く見られます。

羽衣

羽衣

明治45年(1912)3月に開業しました。 千両松、白蛇の松とともに“浜寺三名松”と呼ばれた「羽衣の松」が駅名の由来といわれます。開業後、地名も今在家村から羽衣に改称されました。 明治6年(1873)に開設された「浜寺公園」の南部へは当駅が最寄りです。 平成28年(2016年)5月に下り線(関西空港・和歌山市方面)が、令和3年(2021年)5月に上り線(難波方面)が高架化、令和6年(2024年)4月に高師浜線が高架化されました。

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