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南海沿線のまち

北助松

北助松

沿線東側に建設が進められた公団助松団地の最寄り駅として、昭和32年(1957)12月に開業しました。 駅名に「北」が付けられているのは、開業当時、隣接する松ノ浜駅が「助松」という駅名であったためです。 駅のすぐ北西側にある「助松神社」は、8世紀中頃の称徳天皇の時代に創建されたものといわれており、境内には神鶏が放し飼いにされています。 さらに海岸寄りには、野球場や交通遊園、プールなどの施設を持つ「助松公園」があり、緑豊かな市民の憩いの場となっています。

天見

天見

三日市町~橋本間が開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅の西側には河内長野市内最古の温泉と言われる天見温泉がわき、古くから温泉郷として栄えています。 この地は「南天の里」と呼ばれるほど南天の多いところであり、家の周りや石垣、畑などで数多く栽培されています。花の時期は6月から7月で、12月頃になると真っ赤な実をつけ、正月用切花や薬用として用いられます。

白鷺

白鷺

昭和24年(1949)7月、この地の北側に「中百舌鳥運動場前駅」が開設されましたが9年後に廃止。その後、公団白鷺団地が造成されたのに伴い、昭和39年(1964)5月に当駅を開業しました。 かつて沿線の田園に白鷺の群が多く見られたことが団地および駅名の由来です。 駅の北西約1.1キロに位置する「金岡神社」は、平安時代初期の仁和年間(885年頃)、庶民の安全と五穀豊穣を祈願するため、住吉大神を祀って創建したと伝えられています。

深井

深井

昭和46年(1971)年4月1日に開業した深井駅は、堺市中区にあり、中区唯一の駅です。 泉北ニュータウンの手前に位置するため、他の駅とは少し異なる雰囲気を持っており、飲食店や冠婚葬祭施設も多く見られます。 高架駅で、高架下にはショッピングゾーン「深井プラザ」があります。

光明池

光明池

昭和52年(1977)8月20日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの南端に位置しています。 駅周辺には、商業施設や医療機関などが集まっており、光明池運転免許試験場への最寄り駅としても知られています。 駅名の由来となっている「光明池」は、関西でも屈指の貯水量を誇るため池。緑豊かな景観が素晴らしく、光明池緑地として「大阪緑の百選」にも選ばれています。

なんば

明治18年(1885)12月に開業。大阪ミナミを代表するターミナル駅です。御堂筋に面する南海ビルは、昭和7年(1932)7月の竣工から長い年月が経過していますが、表面外壁をテラコッタ(装飾用の素焼陶器)で張りつめた外観は今なお偉容を誇っています。昭和55年(1980)3月に「なんばCITY」全館オープン。平成6年(1994)9月に関西国際空港が開港、平成30年(2018)に「なんばスカイオ」が開業し、大阪市から世界への玄関口として機能するなど、伝統だけでなく時代とともに変革を続けています。令和7年(2025)3月に駅前の「なんば広場」が全体完成、同年9月には2階中央改札口・コンコースのリニューアル完了。進化が止まらないなんばのまち、これからも皆さまとともに盛り上げてまいります。

春木

春木

大正3年(1914)10月に開業しました。 駅の東側には、かつて「春木競馬場」がありましたが、地元の要望もあり昭和49年(1974)に廃止となりました。その跡地に造られた「中央公園」は、テニスコート、プール、トラック競技場などのスポーツ施設が充実しています。 大阪府下唯一の競輪場である「岸和田競輪場」は昭和25年(1950)2月、全国で22番目の競輪場として開設。観客収容人員約45000人のマンモススタンドを持ちます。

二里ヶ浜

二里ヶ浜

現在の加太線である加太軽便鉄道が開通した明治45年(1912)6月に開業した二里ヶ浜駅。 駅名の由来は海浜名。この海岸はかつて紀の川河口から磯の浦まで、文字通り「2里」(約8㎞)の浜であったと伝えられています。 駅から北西約500メートルにある「射箭頭八幡神社(いやとはちまんじんしゃ)」は、應神天皇、神功皇后、日本武尊を祭神とし、慶長年間に現在の地へ移し建てられました。神功皇后がご懐妊されていたことから安産の神とも言われています。 駅下がりにはしらす漁がさかんな「西脇漁港」があり、防波堤では、休日の早朝などに釣り客の姿も見かけられます。

二色浜

二色浜

昭和8年(1933)、南海鉄道は“第二の浜寺”をめざして二色の浜海岸に「海浜村」を開設しました。 200人収容の「汀の家」を建て、宿泊施設のある海水浴場として人気を呼びました。 その最寄り駅として昭和11年(1936)6月、夏期だけ営業の臨時駅を開設。2年後の昭和13年(1938)9月に常設駅となりました。駅名の「二色」は“白砂青松”の浜辺を表したもの。 駅から二色の浜海水浴場へ行く途中、左手にある「八品神社」は、平安時代に製造が開始されたといわれる貝塚の特産品・近木櫛(和泉櫛)の櫛工たちが、守り神として創建したものといわれています。

和泉大宮

和泉大宮

昭和12年(1937)4月に開業しました。「和泉大宮」の駅名は、北東約600mに位置する「兵主(ひょうず)神社」が「大宮」と呼ばれることに由来しています。 兵主神社は、桃山時代に建設された三間社・流造・桧皮葺の本殿が国の重要文化財に指定されており、社宝として伝えられている室町から江戸前期の能面9面は、雨乞いの際に演じられた能に用いられたため「雨降りの面」と呼ばれています。 駅の北西約1.2kmに位置する「岸和田漁港」は、昭和41年(1966)に完成したもの。あぐり網(イワシきんちゃく網)漁業を中心に、大阪府下でトップクラスの水揚量を誇ります。

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