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南海沿線のまち

浜寺公園

浜寺公園

明治30年(1897)10月に開業した後、明治40年(1907)6月に建て替えられた駅舎は、東京駅などの設計で知られる辰野金吾博士が所属した辰野・片岡建築事務所の設計によるものです。 平成10年(1998)9月に諏訪ノ森駅とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となったほか、平成12年(2000)には第1回「近畿の駅百選」に選ばれ、平成14年(2002)には第9回「堺市景観賞(まち部門)」を受賞しています。 南海本線(堺市)連続立体交差事業により高架化されるため、現在は仮駅舎となっています。

堺

堺

当社の前身・阪堺鉄道が堺の吾妻橋まで路線を開通した明治21年(1888)5月に開業しました。 現在の南海堺駅ビルは平成9年(1997)12月に竣工したもので、地下1階、地上7階建てのうち、1~2階部分が駅施設として使用されています。 平成12年(2000)7月には、駅の北側に隣接する商業施設「プラットプラット」が開業。高さ18メートルのモニュメント「フェニックスアーチ」が一際目立つ東側駅前広場には、バスターミナルが整備されており、堺市の交通の要として機能しています。 平成13年(2001)の第2回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

下古沢

下古沢

大正14年(1925)3月、高野下から高野山にいたる鉄道敷設を目指して高野山電気鉄道が設立され、昭和3年(1928)6月、高野下~神谷(現・紀伊神谷)間の開通と同時に開業しました。 駅名は当時の地名である下古沢村からつけられました。 この辺りは古くから手漉き和紙「高野紙(古沢紙)」の産地として約100軒の家々が紙漉きを行っていましたが、現在はわずか1軒のみとなり、九度山町では勝利寺(最寄りは九度山駅)の境内に紙の資料館と体験室を兼ねた「紙遊苑」を開設し、先祖の伝えたこの伝統文化を後世に伝承しています。

高石

高石

明治34年(1901)3月に開業しました。当時の駅名は信太森葛葉稲荷神社(和泉市葛の葉)にちなんで「くずの葉」と名付けられました。昭和16年(1941)8月に地名から「高石町」に、市制施行の翌月となる昭和41年(1966)12月に「高石」と改称しました。 昭和44年(1911)4月には駅の改造工事が完成し、南海線初の橋上駅舎として営業を開始。 かつては駅西側の海岸地帯を中心に住宅街が形成されていましたが、泉北臨海工業地の造成による住環境の変化とも相まって、駅東側への新たな人の流れを生むようになりました。 夜には工場の夜景を堪能できるまちとして密かな人気を集めています。

湊

湊

南海鉄道当時の明治40年(1907)10月に開業しました。 所在地である出島町が、古くから「湊村」と呼ばれていたことが駅名の由来といわれています。江戸時代には「湊紙」と「壺塩」の産地で知られました。 駅の付近には、かつて田畑に利用していた井戸から水をくみ上げるための風車が林立していました。都心に近いこともあり、昭和30年代から住宅地が増え始め、現在では見られなくなってしまいました。

泉ケ丘

泉ケ丘

昭和46年(1971)4月1日に開業したこの駅は、泉北ニュータウンの中心として、商業施設や学校等が集まっています。 泉北線内で最も乗降客数が多く、拠点駅としての役割を担っており、髙島屋泉北店が入居するパンジョや、大型児童館のビッグバンが駅周辺にあります。

住ノ江

住ノ江

南海鉄道の難波駅~浜寺公園駅間が電化された明治40年(1907)8月に開業しました。 当時、東成郡墨江村(現・住之江区西住之江)に直営の火力発電所「住の江発電所」が建設され、同駅の開業と同時に送電を開始し、大正7年(1918)まで稼動しました。 「住ノ江車庫」は大正10年(1921)2月に竣工。昭和52年(1977)4月に駅とともに高架化されました。 地元安立のまちには、かつて笠松と呼ばれる、かの歌川広重の絵にも描かれたほどの松があり、見物客でにぎわいました。住吉大社の参詣道として栄えた街道は、商店街に姿を変え、現在もにぎわいを見せています。

羽衣

羽衣

明治45年(1912)3月に開業しました。 千両松、白蛇の松とともに“浜寺三名松”と呼ばれた「羽衣の松」が駅名の由来といわれます。開業後、地名も今在家村から羽衣に改称されました。 明治6年(1873)に開設された「浜寺公園」の南部へは当駅が最寄りです。 平成28年(2016年)5月に下り線(関西空港・和歌山市方面)が、令和3年(2021年)5月に上り線(難波方面)が高架化、令和6年(2024年)4月に高師浜線が高架化されました。

和歌山市

和歌山市

紀ノ川橋梁(現在の上り線)が架橋された明治36年(1903)3月に開業し、平成15年(2003)で100周年を迎えました。 初代駅舎は昭和20年(1945)7月の空襲で焼失、昭和30年(1955)に2代目駅舎、昭和48年(1973)には3代目駅舎、そして、4代目駅舎となる現在の「キーノ和歌山」は令和2年(2020)6月にグランドオープン。商業施設・ホテル・オフィス・図書館等から構成される和歌山市の新しい玄関口として、地域の発展に貢献しています。 加太さかな線を走るめでたいでんしゃへの乗り換えにも便利です。

七道

七道

大正6年(1917)4月に開業しました。駅名の由来は「七道」という地名から。 七道駅前ロータリーには堺市指定有形文化財に指定される石碑「放鳥銃定限記碑」や、北旅籠町出身の河口慧海(1866~1945)の銅像が設置されています。 駅から東へ5分ほど歩くと「町家歴史館 清学院」(国登録有形文化財)と、令和6年3月に開館した「鉄炮鍛冶屋敷(町家歴史館 井上関右衛門家住宅)」(堺市指定有形文化財)があります。 駅の東側にある「高須神社」は、徳川家康に大量の鉄砲を納めた鉄砲鍛冶・芝辻理右衛門が、その功績からこの地を授けられ、鉄砲の繁栄を願って元和5年(1619)に建立したといわれています。

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