西天下茶屋
高野登山鉄道が大阪高野鉄道と改称した約5カ月後の大正4年(1915)9月に開業しました。
駅の北東約300メートルの所にある「敷津松之宮西成社」は、敷津松之宮神社(浪速区)の御旅所で、かつて神功皇后が武内宿禰を従えて航行中に、敷津浜に3本の松を植えて航行の安全を祈願したのが起源といわれています。
同御旅所の東側を南北に通じている道が「旧勝間街道」。江戸時代に難波から木津を通って粉浜で紀州街道(住吉街道)と合流していた街道で、「勝間」の地名は、大正の頃まで西成郡勝間村(現在の玉出地区)として残っていました。
駅から少し行くと、戦前から続く「西天下茶屋商店街」に、昔懐かしいお店が軒を連ねています。
