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南海沿線のまち

二色浜

二色浜

昭和8年(1933)、南海鉄道は“第二の浜寺”をめざして二色の浜海岸に「海浜村」を開設しました。 200人収容の「汀の家」を建て、宿泊施設のある海水浴場として人気を呼びました。 その最寄り駅として昭和11年(1936)6月、夏期だけ営業の臨時駅を開設。2年後の昭和13年(1938)9月に常設駅となりました。駅名の「二色」は“白砂青松”の浜辺を表したもの。 駅から二色の浜海水浴場へ行く途中、左手にある「八品神社」は、平安時代に製造が開始されたといわれる貝塚の特産品・近木櫛(和泉櫛)の櫛工たちが、守り神として創建したものといわれています。

井原里

井原里

鶴原駅と泉佐野駅の間には、鶴原地区のほか下瓦屋、湊、中庄、上瓦屋などに古くからの住区があり、ワイヤーロープなど鋼線関係の工場が点在していたこともあり、昭和27年(1952)4月、両駅の中間に開業しました。 山手の上瓦屋地区が昔、井原庄と呼ばれていたところから駅名に採用されました。 中庄にある奈加美神社は平安時代初期の創建と伝えられています。旧社名は大宮神社でしたが、中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取って三町合同の願いをこめて現在の名前になったといいます。本殿は華麗な彩色の三間社流造で大阪府の指定文化財となっています。

紀伊清水

紀伊清水

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を合併した約3年後の大正14年(1925)3月に開業しました。 駅北側の「清水の街並み」は、平成9年(1997)に和歌山県ふるさと建築景観賞を受賞。重厚な瓦屋根や格子を持つ家屋が高野街道に沿って東西に軒を連ねており、高野山領最初の宿場町としての面影を今も残しています。 また、紀州へら竿の産地としても知られています。 駅から約500メートル東にある「三軒茶屋の大常夜燈籠」は、江戸時代に東家(紀州藩領)と三軒茶屋(高野山領)を結ぶ渡し場の位置を示すものとして、宝暦2年(1752)に造られました。

沢ノ町

沢ノ町

昭和17年(1942)2月に開業しました。 駅名は当時の町名「沢之町」から付けられましたが、同年に町の一部が殿辻町(現・住吉区殿辻)に町名変更されました。 駅と住吉大社のほぼ中間に位置する住吉行宮跡は、正平7年(文和元年・1352)に住吉大社宮司・津守氏邸内の正印殿に移った後村上天皇が、ここを行宮(行幸時の仮宮居)とし、次の長慶天皇が即位した地としても知られています。 「万葉集」でその情景が歌われた細江川は、上流約600メートルの区間が「細江川のせせらぎ」として整備されており、初夏には住吉区の花・かきつばたも見ることができます。

紀ノ川

紀ノ川

南海鉄道が紀の川北岸まで延伸された明治31年(1898)10月に「和歌山北口駅」として開業しました。 明治36年(1903)3月、和歌山市駅までの延伸に伴って北口駅は廃止となり、現在位置に移設され「紀ノ川駅」となりました。 昭和19年(1944)10月には東松江駅とつながって加太線との接続駅となります。 駅名の由来でもある1級河川「紀の川」は、大台ケ原を源流として延長120キロ以上に及びます。 秋の味覚シーズンには、みかん狩りハイキングを楽しむ人が多く見られます。

九度山

九度山

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を同時に合併した2年後、大正13年(1924)12月に開業しました。 駅から徒歩約10分の「真田庵」(正式には善名称院)は、戦国武将の真田昌幸・幸村父子隠棲の屋敷跡として県の史跡に指定されており、毎年5月にこの辺一帯で「真田祭」が開催されます。「真田庵」からさらに徒歩約20分の「慈尊院(世界遺産)」は、弘法大師・空海の高野山開創に際して山麓の寺務所として建立されました。 慈尊院から「丹生官省符神社(世界遺産)」へ通じる石段の中間に町石があり、ここから高野山に至る約20キロの「町石道(世界遺産)」はかつて表参道として利用されました。

極楽橋

極楽橋

大正14年(1925)に始まった高野下駅~極楽橋駅間約10.3キロの線路延長工事は、山岳地帯のため難工事となり、昭和4年(1929)2月にようやく当駅が開業しました(ケーブルカーの開通は翌年6月)。 電車のホームとケーブルカー乗り場を結ぶ構内通路は、直下を流れる「不動谷川」に架かる橋の役割も果たしています。 駅から川沿いを下っていくと駅名の由来となった「極楽橋」があります。 昭和29年(1954)に架け替えられたこの橋を渡って「不動坂」を登り、高野山上の「女人堂」に出ることで、昔の高野詣りの風情を楽しむ方も多くいらっしゃいます。

西ノ庄

西ノ庄

昭和5年(1930)12月、東松江駅と同時に開業しました。 駅名にもなっている地名「西ノ庄」は、かつての木ノ本荘が東ノ荘と西ノ荘に分かれていたことが由来とされます。 17年(1942)に住友金属工業和歌山製鉄所が操業を開始して以降地域が発展し、29年(1954)に町制を施行して西脇町となり、31年(1956)9月に和歌山市に合併しました。 「河西公園」は駅から海側へ徒歩約10分。テニスコートやアーチェリー場、プールなどの運動施設にはじまり、子どもたちが遊べるアスレチックなどの遊戯施設が充実している、市民の憩いスポットです。

河内長野

河内長野

明治31年(1898)3月に開業し、4年後の明治35年(1902)12月、近鉄の前身、河南鉄道(柏原~河内長野)が開通し接続駅になりました。 昭和51年(1976)10月に橋上駅舎化されました。 沿線には南河内を代表する名刹「観心寺」があり、金堂と本尊如意輪観音が国宝に指定されています。 大阪府下最高峰(1,125メートル)の金剛山へは駅前からバスをご利用ください。冬山登山やハイキングで樹氷が楽しめます。

千代田

千代田

昭和13年(1938)2月に開業しました。 昭和30年代以降に住宅開発が急速に進んだ河内長野市の中でも、当駅周辺は早くから宅地化が進みました。千代田車庫は昭和41年(1966)2月に竣工、千代田工場は昭和57年(1982)3月に操業開始しました。5万平方メートルの敷地内で車両の定期検査や改造工事などを行っています。 また、同工場は毎年秋に開催する「南海電車まつり」の会場にもなっています。 駅の南西に位置する「寺ヶ池公園」は、市内唯一の総合公園として市民に利用されています。

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