なんばパークスのオープン
1995(平成7)年、当社は創業110周年を迎えた。バブル経済崩壊後の長期不況が続く中、難波地区再開発事業の推進に加え、総合生活企業を目指す本格的な取り組みが進められる一方、グループ会社の整理・再編が断行された。難局に対峙し事業改革に挑む新たな10年の始まりだった。
難波地区再開発については、1989年7月、地域関連5社共同のまちづくりとする合意のもと「難波地区開発協議会」を設立。その後、1992年4月には「難波地区土地区画整理事業組合設立準備会」が発足し、1995年6月、大阪市への設立認可申請を行った。
着々と準備が進む中、1998年10月、当社はともに計画を進めてきた「大阪スタヂアム興業」との合併を行い、難波地区再開発事業の推進体制を整えた。数多くのファンに愛された大阪球場を閉鎖・解体撤去し、翌1999年からA-1地区の建設工事が開始され、構想から足かけ17年の歳月をかけて第1期工事が完成。2003年10月7日、なんばの新しいシンボル「なんばパークス」がオープンした。
一方、「南海サウスタワーホテル大阪」は新時代に向かうなんばのシンボルだったが、国際的な知名度は低く開業以来厳しい経営が続いていた。そこで2003年4月、世界的ホテルブランドを持つ「ラッフルズ・インターナショナル・リミテッド」に経営を譲渡することとし、同社との間で賃貸借契約を締結。同年9月「スイスホテル南海大阪」として生まれ変わった。
総合生活企業を目指して
「総合生活企業」として直営の飲食事業や物販事業を拡充するため、1995(平成7)年に新会社「南海フードシステム」を設立。本格的な取り組みが開始された。1997年には当社初のコンビニ「アンスリー南海なんば駅中央口店」をオープンし、その後も順次事業を拡大した。
この間、鉄道事業では1999年4月からストアードフェアシステムに対応した「南海コンパスカード」をデビューさせ、サービス向上と効率化を進め、バリアフリー化など駅の利便性アップや新型車両の投入、高野線の複線化や南海線の立体交差事業などプロジェクト工事に取り組んだ。
住宅事業では、2000年「南海くまとり・つばさが丘」、2001年南海・林間田園都市「彩の台」、前後して「南海さやまハーモニータウン」「南海狭山二丁目住宅地」の分譲を開始した。また、1999年の「南海アムズ泉佐野上町」を皮切りに分譲マンション事業にも進出した。
一方、1996年3月「南海堺駅ビル」の建設工事に着手。駅機能に加えてオフィスやサービス機能を持つ当社初の本格的なオフィスビルとなった。また「ショップ南海」の多店舗化をさらに進め、新今宮、天下茶屋、天下茶屋北、岸和田に順次オープンした。
流通事業では、「なんばCITY」を1998年11月の開業20周年に向け大規模リニューアルしたほか、2003年には「なんばCITY南館」のリニューアル工事を実施。「なんばパークス」との回遊性を高め、にぎわいを創出した。また2000年7月、堺駅の隣に「プラットプラット」をオープン。専門店45店舗からなるユニークなショッピング空間が誕生した。
改革への挑戦
グループ会社の整理・再編では、まず1995(平成7)年10月、「南海建設」が「辰村組」と合併し、「南海辰村建設」として新発足。1999年10月には「大阪湾フェリー」「鬼ヶ城観光開発」「紀の川苑」の3社の清算を決定。2001年2月、「南海東京ビルディング」「南海不動産」「南海ホーム」の3社を合併して新生「南海不動産」とした。また、同年3月、長期にわたり収支が低迷していたタクシー事業子会社7社の経営権を譲渡し、同事業から撤退した。
「バス離れ」が深刻化していたバス事業では、完全分社化による新体制をスタートさせた。1999年4月、堺市に「南海ウイングバス金岡」、泉佐野市に「南海ウイングバス南部」を設立して一部路線の営業を譲渡。2001年5月には、直営バス事業の完全分社化を決定して「南海バス」を設立し、10月1日をもって全面譲渡した。公共交通機関としての使命を果たしながら、赤字体質から脱却し、競争力を確保していくための決断だった。
また、レジャーの多様化と少子化の流れの中、「さやま遊園」は2000年4月に閉園し、ニュータウンとして生まれ変わった。「みさき公園」は、同年6月「南海アミューズメント」を設立して同園の運営と管理を委託。心機一転を期して新たにスタートした。
なお、一連の事業改革は創業120周年を前後して大胆に進められ、グループ会社にとどまらず当社の基幹事業にまでおよぶことになった。
事業再編、体質強化進める
2005(平成17)年、創業120年を迎えた当社は、少子高齢化の進展など経営環境が厳しさを増す中で、「進化123計画」(2005~2007年度)を策定した。利用客が減少していた和歌山港線の中間駅を2005年11月に廃止し、赤字が続いていた貴志川線を2006年4月に和歌山電鐵に事業譲渡。さらに、重複した事業を展開する企業の統合や、収支改善が見込めない企業の廃業などを進め、経営効率の向上を図った。
2006年2月からポイント付与機能を搭載した新しいグループカード「minapita」サービスを開始し、同年7月から「スルッとKANSAI」が提供するICカード「PiTaPa」を導入した。「PiTaPa」をはじめとした交通系ICカードは全国各地で次々と導入され、2013年3月からは全国相互利用も可能になった。
一方、2007年5月、難波駅を中心に南海ビル、南海会館ビル、なんばCITY、スイスホテル南海大阪などで構成される「南海ターミナルビル」を含む「なんばターミナル再生計画」を策定。その中で、なんばCITY開業以来29年間、待ち合わせスポットとして親しまれてきた「ロケット広場」のロケットを撤去、新たに「なんばガレリア」が誕生し、なんばの新名所となった。
この間、2006年3月には株式会社ティアと提携、葬祭事業(葬儀会館の運営)に乗り出し、葬儀会館ティアを、橋本など当社沿線のほか枚方市などでもオープンした。また、2007年に開園50周年を迎えたみさき公園では、新イルカ館「シャイニースタジアム」や「わくわく電車らんど」を新設した。
こうした中で、資金調達手段の多様化や経営管理体制の確立などを目的に、当社は2008年3月、東京証券取引所第一部に上場した。約半世紀ぶりとなる東証上場はひとつの成果であるが、それと同時にグループ全体としてコーポレートガバナンスとコンプライアンスへの意識が一層強化されるという効果も生み出した。
増加が予想されるインバウンドへの対応
2007(平成19)年度には、不採算事業からの撤退や再編が一段落し、大阪球場再開発事業の中核である「なんばパークス」が全館グランドオープンした。「なんばパークスシネマ」の展開などを通して時間消費型のまちづくりを目指すとともに、さらにそのにぎわいを普及させるべく、新飲食ゾーン「なんばこめじるし」がオープンし、なんばCITYとなんばパークス間の回遊性向上を図った。空港線の好調などもあり、同年度を最終年度とする「進化123計画」の数値目標を達成した。
円高や原材料高、サブプライムローン問題など、日本経済が非常に不透明な時代にスタートした「堅進126計画」(2008~2010年度)では、「企業としての社会的責任を果たすとともに、事業の堅実な成長を成し遂げる」を基本的な考えに置き、①環境保全の取り組み強化②提供するサービスの品質向上③なんばエリアのさらなる価値向上④有望事業の成長加速⑤沿線活性化の推進に取り組んだ。2009年9月には、企業の社会的責任を果たすための取り組みをまとめた「南海電鉄CSR報告書」の発行を始めた。
2009年4月には、増加が予想されるインバウンドへの対応のため、難波駅に多言語対応の「総合インフォメーションセンターなんば」を設置。国内外のお客さまへの情報提供を強化した。
一方、不動産事業としては2010年10月、ホテル南海跡地にサービスアパートメント「フレイザーレジデンス南海大阪」が開業した。この間、2007年9月に「なんばパークス」隣接地に超高層タワー型マンション「ザ・なんばタワーレジデンス・イン・なんばパークス」が竣工したほか、当社沿線を中心に分譲マンションも展開した。和歌山県橋本市の南海・林間田園都市「彩の台」などでもまちづくりや宅地開発が進んだ。さらに、なんばエリアのにぎわい創出に向けて、鮮度の維持・向上や他エリアとの差別化のため、なんばパークスやなんばCITYのリニューアルにも取り組んだ。
泉北高速鉄道の子会社化と「なんばターミナル再生計画」
このような取り組みにもかかわらず、「堅進126計画」は、連結収益、営業利益など数値目標をすべて下回るという厳しい結果となった。計画初年度の2008(平成20)年9月、リーマンショックが発生し、世界的な金融危機に陥ったほか、国内でも政局が混迷し、わが国の国際競争力の低下という厳しい経済情勢にあった。
このような情勢を踏まえ、「凛進130計画」(2011~2014年度)では、①観光・インバウンドビジネスの推進②不動産・流通事業の拡大③新たな事業領域への進出④なんばのまちづくり推進⑤グループ経営基盤の強化に取り組んだ。
2014年7月、大阪府などが出資する第三セクター、大阪府都市開発の株式を取得、社名を泉北高速鉄道に変更し、当社のグループ企業とした。大阪府が大阪府都市開発の売却を表明したのは2008年。当社にとって業容拡大のチャンスであり、株式獲得に向けての取り組みを進めてきた。2013年に公募が実施され、初回入札では外資系投資ファンドが落札したが、府議会で否決。2014年1月に大阪府から再提案の打診があり、買収額を当初から30億円上積みし750億円を提示した結果、当社との随意契約の意向が示され、同年5月に大阪府などとの間で株式譲渡契約を結ぶに至った。大阪府都市開発は、鉄道事業のほかトラックターミナル(東大阪、北大阪)などの物流事業や、泉ケ丘駅前のショッピングセンター「パンジョ」も展開しており、当社にとって巨額ではあるが決して法外な投資ではないとの判断であった。当社は、泉北ニュータウンの建設時に大阪府から南海高野線の延伸要請があったものの当時の財政的状況などから断念した経緯があったが、これをもって「泉北高速鉄道」をグループに迎えることとなった。
環境保全活動も進み、2012年3月、本社部門でISO14001認証を取得した。2013年1月には、オフィスビル「南海なんば第1ビル」が竣工、「南海会館ビル」から本社部門が移転した。本社の移転は南海会館ビル竣工(1957年)以来56年ぶりである。
この間、2009年7月には高野線で観光列車、こうや花鉄道「天空」の運行を開始したほか、2014年4月から6月にかけて、人気アニメ「機動戦士ガンダム」シリーズ作品とタイアップし、赤くラッピングしたラピートを空港線で運行するなど沿線価値向上を図った。このほか、駅の改良工事やバリアフリー化、連続立体交差化、駅・特急の全面禁煙化、省エネ車両8300系をはじめとする新型車両の投入、和歌山大学前駅など新駅の開業、さらには自動列車停止装置(新型ATS)の導入も進んだ。2012年12月からは、関西国際空港の施設使用料引き下げを受け、「関空トク割ラピートきっぷ」の発売を開始し、2014年2月からは海外向けにネット販売も開始した。
2012年1月、大阪市建設局が公募した道頓堀川遊歩道「とんぼりリバーウォーク」の管理運営事業者に選ばれた。「賑わいの創出に関する業務」「維持管理業務(清掃・警備)」が主な受託業務で、イベントを誘致・開催することで、大阪ミナミ全体の活性化につなげていった。
一方、難波~今宮戎駅間の高架下に新たな商業空間を作る「なんばEKIKANプロジェクト」がスタート、お客さま同士の交流が生まれる商業施設を目指し、2014年4月から順次開店した。また、同年8月からは泉ケ丘駅前商業施設(泉ヶ丘センタービル、南専門店街)などの運営を開始し、泉北ニュータウンの活性化に向けて動き出した。
さらに、「南海ターミナルビル再生計画」の集大成として、2014年9月から旧南海会館ビルの解体工事に着手、なんばエリアの求心力向上を目指し、翌年9月から新築工事を開始した。
こうした一連の取り組みで、「凛進130計画」最終年度の2014年度は、営業収益は目標をやや下回ったものの、経常利益は過去最高を記録するなど成果を上げ、事業構造の変革は着実に進んだ。