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南海沿線のまち

岡田浦

岡田浦

吉見ノ里駅の開業1ヵ月後の大正4年(1915)11月に開業しました。 駅名の由来となった旧海岸「岡田浦」は、かつて四国方面への海上交通の要所であったといわれています。 現代は、大理石の人口渚「マーブルビーチ」が、りんくうタウンの海岸線に沿って広がっています。 漁業のまちで、昭和26年(1951)に第1種漁港の指定を受けた「岡田浦漁港」は、アナゴなどの魚介類が年間300t近く水揚げされており、最近では体験地引き網にも力を入れています。 駅から南東約500mの「里外神社」は“岡田の恵比須さん”とも呼ばれています。

吉見ノ里

吉見ノ里

大正4年(1915)10月、田尻町吉見に開業しました。地元の田尻漁港の名物行事、日曜朝市でにぎわいます。 ここは泉州タマネギ発祥の地で、明治18年(1885)に地元の今井佐治平、大門久三郎、道浦吉平らが横浜からタマネギの種子を取り寄せ、干ばつと水害に悩む農家に奨励したことから、町内の春日神社境内に「泉州珠葱栽培之祖」碑に功績をたたえた碑文が刻まれています。 戦後、昭和48年(1973)に廃止されるまで、紡績の原料・製品の貨物輸送や紡績工場従業員の荷物受け渡しなどが盛んに行われました。

石津川

石津川

大正8年(1919)6月に開業しました。 駅名の由来となった二級河川「石津川」周辺一帯は、かつて木綿を川の水にさらしている風景が見られた綿の産地で、昭和初期まで「石津のさらし」として全国でも有名でした。 駅から徒歩約5分の「石津(いわつ)太(た)神社」は、毎年12月14日に行われる火祭「やっさいほっさい」で有名。えびす神に扮した年男を担いで“ヤッサイ、ホッサイ"の掛け声とともに火の中を勇壮に渡ります。北本殿や南本殿、拝殿、一の鳥居、二の鳥居が平成9年(1997)12月に堺市指定有形文化財に指定されています。

貝塚

貝塚

南海鉄道が堺~泉佐野間を開通した明治30年(1897)10月に開業しました。 駅名にもなっている地名の「貝塚」はかつて「海塚」の文字が使われていたといいます。 大正14年(1925)に水間線(水間鉄道)が開業し、乗換駅となりました。 駅の難波方面最初の踏切付近に“貝塚宮”と称される「感田神社」があり、毎年7月に勇壮な夏祭り「太鼓台祭り」が行われます。 そこからさらに北西へ進むと、地元の人々から“ぼっかん(ト半)さん”と呼ばれる「願泉寺」があり、表門や本堂などが国の重要文化財に指定されています。

千代田

千代田

昭和13年(1938)2月に開業しました。 昭和30年代以降に住宅開発が急速に進んだ河内長野市の中でも、当駅周辺は早くから宅地化が進みました。千代田車庫は昭和41年(1966)2月に竣工、千代田工場は昭和57年(1982)3月に操業開始しました。5万平方メートルの敷地内で車両の定期検査や改造工事などを行っています。 また、同工場は毎年秋に開催する「南海電車まつり」の会場にもなっています。 駅の南西に位置する「寺ヶ池公園」は、市内唯一の総合公園として市民に利用されています。

樽井

樽井

明治30年(1897)11月、江戸時代から繊維の生産で有名であった樽井村(当時)に鉄道開通とともに開業しました。 レンガ製造や、大正から昭和初めにかけては紡績産業でも栄えたまちです。 関西国際空港を間近に見ながら遊泳が楽しめる「サザンビーチ(りんくう南浜海水浴場)」の最寄り駅として、春は潮干狩り、夏は海水浴が楽しめます。 駅周辺には「なみはやグラウンド」や「サザンスタジアム(泉南市民球場)」など、スポーツ施設も充実。 梅林スポットの「金熊寺」や桜の名所「根来寺」へは駅前からバスを利用。毎年、大勢の花見客が訪れます。

羽衣

羽衣

明治45年(1912)3月に開業しました。 千両松、白蛇の松とともに“浜寺三名松”と呼ばれた「羽衣の松」が駅名の由来といわれます。開業後、地名も今在家村から羽衣に改称されました。 明治6年(1873)に開設された「浜寺公園」の南部へは当駅が最寄りです。 平成28年(2016年)5月に下り線(関西空港・和歌山市方面)が、令和3年(2021年)5月に上り線(難波方面)が高架化、令和6年(2024年)4月に高師浜線が高架化されました。

御幸辻

御幸辻

高野登山鉄道が三日市町駅~橋本駅間を開通した大正4年(1915)3月に開業しました。 駅名の「御幸辻」は、かつて「辻」と呼ばれたこの地で天皇の行幸が相次いだという故事を由来としています。 駅の東側約2キロに位置する「橋本カントリークラブ」は、約240ヘクタールの丘陵地に27ホールを設けたスケールの大きいゴルフ場で、ご利用には林間田園都市駅下車が便利です。

春木

春木

大正3年(1914)10月に開業しました。 駅の東側には、かつて「春木競馬場」がありましたが、地元の要望もあり昭和49年(1974)に廃止となりました。その跡地に造られた「中央公園」は、テニスコート、プール、トラック競技場などのスポーツ施設が充実しています。 大阪府下唯一の競輪場である「岸和田競輪場」は昭和25年(1950)2月、全国で22番目の競輪場として開設。観客収容人員約45000人のマンモススタンドを持ちます。

橋本

橋本

高野登山鉄道当時の大正4年(1915)3月に開業しました。 その17年前、明治31年(1898)4月に紀和鉄道(現・JR和歌山線)が橋本~五条間に鉄道を敷設していたことから、現在も当社とJR西日本の共同使用駅となっています。 高野街道と大和街道が交わるまち、今も昔も人やものの交流が盛んな土地です。 万葉集にもこの地の歌が残されています。

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