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南海沿線のまち

紀伊清水

紀伊清水

南海鉄道が大阪高野鉄道と高野大師鉄道を合併した約3年後の大正14年(1925)3月に開業しました。 駅北側の「清水の街並み」は、平成9年(1997)に和歌山県ふるさと建築景観賞を受賞。重厚な瓦屋根や格子を持つ家屋が高野街道に沿って東西に軒を連ねており、高野山領最初の宿場町としての面影を今も残しています。 また、紀州へら竿の産地としても知られています。 駅から約500メートル東にある「三軒茶屋の大常夜燈籠」は、江戸時代に東家(紀州藩領)と三軒茶屋(高野山領)を結ぶ渡し場の位置を示すものとして、宝暦2年(1752)に造られました。

高師浜

高師浜

羽衣~伽羅橋間開通の翌年、大正8年(1919)10月に開業しました。 高級住宅地として開発された周辺の街並みにあわせて、ステンドグラスを配した西洋風デザインの駅舎が建てられました。 西へ徒歩すぐの「大阪府立臨海スポーツセンター(りんスポ)」には、年中滑走可能なアイススケート場など様々なスポーツ施設が完備されています。 北東に位置する「高石神社」の社殿は寛永12年(1635)に再建されました。

美加の台

美加の台

高野線複線化工事の一環として建設が進められ、昭和59年(1984)9月、大規模住宅地「南海美加の台」の玄関口として開業しました。 1階がプラットホーム、2階が駅務室およびコンコースとなり、屋上に駅の出入り口を設け、乗降客は屋上から出入りするというユニークな設計となっています。 駅東側一帯の丘陵地に当社が開発を進めた「南海美加の台」は同年9月に分譲開始。歴史・自然風土を考慮し、豊富な緑と十分な都市施設を備えた居住性の高い街づくりによって河内長野市内で高い評価を得ています。

住吉大社

住吉大社

当社の前身・阪堺鉄道が開通した明治18年(1885)12月に開業しました。 当時の駅名は「住吉停車場」でしたが、のちに「住吉公園駅」となり、玉出~大和川間の高架化に伴って新駅舎が完成した昭和54年(1979)5月に「住吉大社駅」と改称しました。 全国屈指の初詣客数を誇る「住吉大社」は、住吉大神(底(そこ)筒男(つつのをの)命(みこと)、中筒男(なかつつのをの)命(みこと)、表(うわ)筒男(つつのをの)命(みこと))と神(じん)功(ぐう)皇后(こうごう)を祭神とし、第一本宮から第四本宮に至る「御本殿」が国宝建造物に指定されています。 春の桜祭りなどでにぎわう「住吉公園」は、明治6年(1873)に開設された大阪最古の公園として知られます。

堺

当社の前身・阪堺鉄道が堺の吾妻橋まで路線を開通した明治21年(1888)5月に開業しました。 現在の南海堺駅ビルは平成9年(1997)12月に竣工したもので、地下1階、地上7階建てのうち、1~2階部分が駅施設として使用されています。 平成12年(2000)7月には、駅の北側に隣接する商業施設「プラットプラット」が開業。高さ18メートルのモニュメント「フェニックスアーチ」が一際目立つ東側駅前広場には、バスターミナルが整備されており、堺市の交通の要として機能しています。 平成13年(2001)の第2回「近畿の駅百選」で認定駅に選ばれました。

貝塚

貝塚

南海鉄道が堺~泉佐野間を開通した明治30年(1897)10月に開業しました。 駅名にもなっている地名の「貝塚」はかつて「海塚」の文字が使われていたといいます。 大正14年(1925)に水間線(水間鉄道)が開業し、乗換駅となりました。 駅の難波方面最初の踏切付近に“貝塚宮”と称される「感田神社」があり、毎年7月に勇壮な夏祭り「太鼓台祭り」が行われます。 そこからさらに北西へ進むと、地元の人々から“ぼっかん(ト半)さん”と呼ばれる「願泉寺」があり、表門や本堂などが国の重要文化財に指定されています。

伽羅橋

伽羅橋

大正7年(1918)10月開業の伽羅橋駅。周辺の高級住宅開発のために敷設された高師浜支線(現・高師浜線)は、翌年8月に高師浜駅まで開通しました。 昭和45年(1970)3月には、伽羅橋~高師浜間で交差する府道堺阪南線(当時の国道26号線)の交通渋滞を解消するため高架化され、その後令和6年(2024)4月、高師浜線全線が高架化されました。 駅名の由来となった「伽羅橋」は旧紀州街道の芦田川に架かっていた橋梁。元治2年(1865)に木製から石造りに付け替えられましたが、その石橋も昭和63年(1988)に堺泉北臨海コンビナートにある高砂公園に移設されました。

今宮戎

今宮戎

難波~浜寺公園間が電化された約1ヵ月半後の明治40年(1907)10月に開業しました。 また、難波~天下茶屋間高架複々線工事に伴ってホームを高架上に移設しました。 “えべっさん”で親しまれる「今宮戎神社」は駅のすぐ東側。1月9日(宵戎)から11日(残り戎)にかけて「十日戎」が行われ、10日の本戎に行われる「宝恵かご行列」では、複数の宝恵かごが大阪ミナミの繁華街を練り歩き、にぎやかに神社に参詣します。

八幡前

八幡前

加太軽便鉄道が和歌山口駅(紀ノ川西岸)~加太駅間を開通した明治45年(1912)6月に開業しました。 駅から北へ約1.5キロ進むと、駅名の由来となった「木本八幡宮」があります。応神天皇を祭神とする古社として地元の人々の尊崇が厚く、元和4年(1618)に再建された檜皮葺三間社流造の本殿が、和歌山県の重要文化財に指定されています。 毎年10月の例祭で奉納される「木ノ本の獅子舞」は、500年以上の伝統を持つ和歌山県の無形文化財。地上約5メートルの場所に渡した2本の青竹の上で勇壮な獅子舞が演じられます。

淡輪

淡輪

明治39年(1906)8月に簡易停車場として開業した淡輪駅は、明治43年(1910)に常設停車場となりました。 平成18年(2006)の工事で従来の赤い屋根からシックな黒にふき替えました。 海岸沿いには海洋訓練施設「府立青少年海洋センター」、常設ビーチバレー競技場「潮騒ビバレー」などがあります。また、海開き以降の「ときめきビーチ(淡輪海水浴場)」には多くの海水浴客でにぎわいます。

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