通勤電車をもっと身近に、もっと快適に。毎日利用するお客さまに、
車両づくりを一緒に考えていただくプロジェクトを始めました。今回は、プロジェクトに監修いただいた、
和歌山大学 システム工学部 システム工学科 空間デザイン研究室の川角先生にお話をうかがいました。
最近、建築や都市計画の分野では参加型デザインというものが注目されています。これまでデザインはデザイナーやプランナーが考える、言わばトップダウンが当たり前でした。それに対して参加型デザインはユーザーの要望を汲み上げてデザインにしていくボトムアップです。この流れは、今後、建築やプロダクトなどのデザインで主流になると考えています。鉄道会社の参加型デザインは前例が少ないですよね。だからこそ、社員の方がお客さま目線で車両のことを考える、そしてお客さまと向き合い声を聞く、そのプロセスは非常に意義のあることだと思います。
NANKAIマイトレインのワークショップではデザインと関わりの少ない仕事をされている社員の方々が集まりましたが、それはマイナス要素ではありません。営業の方はお客さまの声を聞くことが多く、また車両部の方はエンジニアですから機能を考えることに長けているのではないでしょうか。それぞれの部署の経験から「気づいたこと」「考えていたこと」を言い合うことは新たな発見につながるものです。ワークショップが何をもって成功か失敗かは難しいですが、今回の取り組みはたくさんの気づきを得られたことや、あらためてお客さまのことを考える機会になったと思います。デザイン提案の結果が全てとは考えていません。良いデザイン提案には,必ず良いプロセスがあると思います。皆さんが知恵を絞ったデザインを見てもNANKAIマイトレインのプロセスはとても良かったと感じています。
ワークショップによって、現代社会が抱える問題に応えるような、「ストレスフリー」「健康」「わが家」「スマート」の4つのデザイン案が出てきましたね。若い方はスマートでカッコいいものを求めるかもしれませんし、通勤や通学などでのストレスから解放されたいのかもしれません。年配の方ですとやっぱり健康が気になります。家族の方はリビングのような温かみがあると嬉しいでしょう。ワークショップはどこかのチームがいいアイデア思いつくと、そのアイデアに固まることがあります。ですが、他者のアイデアに引きずられず、たくさんの方向性を示すのは大切なことです。デザインの正解はひとつではありませんから。
英語の「デザイン」は日本語で「設計」と訳されます。設計というとエンジニアの領域のイメージがあります。ですが、本来、デザインの概念には、仕組みや体系をつくるというものがあります。私の研究室が空間デザインという名前を付けているのは、空間には「仕組み」や「サービス」が必要だという考えからです。例えば学生に家のリビングをデザインする課題を出すと、多くの学生はまずテレビ、次にソファー、そしてローテーブルを配置する。ですが、そこでどんな生活をするかを尋ねると「わからない」という答えが返ってくる。「畳の上で寝転がりながらテレビを見たい」「テレビがなくても家族とゲームで遊びたい」など、リビングの過ごし方はもっと自由なはずです。しかし、リビングというと頭の中にある形だけで思考を止めてしまい、そこで人がどう過ごすかまでを考えていない。空間づくりは壁や床に囲まれた箱をつくるのではなく、どんな居場所をつくるかが重要です。NANKAIマイトレインの監修でも、形や色ではなく、車両でどのような居場所をつくることができるかを重視させていただきました。
車社会の今、インフラとしての鉄道に対する人々の関心は低いのではという懸念がありました。ですが、そんなことはなかった。難波駅でのデザイン展示には「一生懸命アンケートに答える家族連れのお母さん」や「パネルを見ながらメモを取られている方」など、たくさんの方がいらっしゃいました。鉄道会社に対する社会の期待の大きさを感じました。自分たちの声で電車を変えられるということも大きかったと思います。普段のアンケートって、答えても活かされているかどうかわからないですから。お客さまも含めた参加型デザインは、自分も参加できるという雰囲気づくりが重要ですね。
お客さまに「わが家」のアイデアが選ばれたのは、多くの方が通勤時間にストレスを感じていたからではないでしょうか。近年、プロダクトやサービスは「安さ」「量」から、「質を高める」という方向にシフトしています。求められる質は機能ではなく、使い方であり、典型的なのは車です。車というとこれまでは、CMで走行性能や安全性をアピールしていましたが、最近では、車内空間の広さや楽しさをアピールしている。事実、日本ではワンボックスやワゴンタイプの車がよく売れています。日本人の考え方が豊かになって、これまでよりも上を求める段階に変化していると感じています。そんな時代ですから今後、鉄道は単なる交通手段ではなくなり、車両という空間に「心地よさ」が求められていくと思います。言わば、家や職場・学校でもない第3の居場所「サードプレイス」的な機能ですね。日本人の平均通勤時間は短いとは言えません。片道1時間ぐらいの通勤であれば、往復で1日2時間。それを週に5日、年間で考えると生きている時間の数%は電車で過ごすということになる。運ぶのは貨物ではなく人ですから、そこでの居心地は重要。快適さや心地よさは、交通機関であれば鉄道だけでなく船舶や航空機、もちろんオフィスも、長い時間を過ごすあらゆる空間に必要ではないでしょうか。これからの時代、空間を居心地のいい場所にデザインする技術がますます重要になると思います。そんな技術とともに、サードプレイスという居場所を生み出そうという意識が大切ですね。